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モネちゃんはトランクの上に片ひざを乗せて、どうにか犬をおさえこもうとしている。
わたしは一瞬、迷ったけれど、結局はカギを拾って駆けだした。
記憶をたよりに、さっき通った道をもどる。
リノリウムの床を蹴る上履きの音が、世界中にひびくような気がした。
しばらくすると、さっきの階段が見えてきた。
わたしは転がるようにして、牛の頭の南京錠のかかった引き戸のところへたどりつくと、ふるえる指で、カギを錠の穴にさしこんだ。
カチン、と音がして、南京錠が外れた。
引き戸の中にすべりこむ。
扉のむこうには、見なれたつくりの階段がふつうにつづいていた。踊り場で折り返し、さらに下へと伸びている。
戸に手をかけて、モネちゃんを待つ。
ほんの数秒が、何時間にも感じられた。
やがて、廊下のむこうから、タンタンタンタンとはげしい足音が聞こえてきた。
トランクをさげたモネちゃんが、三つ編みをなびかせながら走ってくる。その数メートルうしろを、あの犬が追いかけてきていた。
「閉めてーっ!」
叫びながら、モネちゃんが引き戸のこっち側へ飛びこんでくる。
わたしがたたきつけるように引き戸を閉め、スライド式のカギをかけるのと同時に、反対側から犬が扉にぶつかってきた。
バン、バン!
ガリガリガリガリ。
むこうがわから扉に体当たりしたり、ひっかいたりする音が聞こえる。
そうとうくやしがっているらしい。
そんな物音が、やがてピタリと止まったかと思うと、
「ゆずはしぬ」
「えっ」
「ゆずはしぬ。しぬ。ゆーずーはーしーぬー」
そう言い捨てると、チャチャチャッと遠ざかっていく足音を残しながら、不気味な犬は去っていった。
けれど、わたしの体はこわばったままだ。
「い、いま、わたしの名前……死ぬって……」
助けを求めるようにモネちゃんを見ると、
「気にすることないわ。ただの負け惜しみよ。第一、人間なのだから、いつかは必ず死ぬに決まっているじゃないの」
そんなふうに笑いかけてくれた。
なんだか屁理屈みたいに聞こえたけれど、少しだけ気が楽になって、わたしは、ようやく肩の力が抜けた。
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