第五階層・人面犬

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「えっと……ご、ごめんね。さっき、うまくできなくて……」 「チイズを落としてしまったこと? なんてことなくってよ。それよりも、あたくしが追いつくまで、扉を閉めずに待っていてくれて助かったわ。ありがとう、柚子さん」 「でも……」  一歩まちがえば、モネちゃんはあの気持ちの悪い犬にかみつかれて、ケガをしていたかもしれない。そう考えると、自分のいくじなさがいやになってくる。  そんなわたしの気持ちを見抜いたのか、モネちゃんはポンポンと肩をたたいてくれた。 「あたくしがいいと言っているのだから、すんだことをくやむのはおよしなさいな。人間、失敗しないで生きてゆくことなんてできないのだから、後からがんばって取りもどすことのほうが大事ではなくって」  そう言ってスカートをはらうと、一階へ続く階段をおりはじめる。  この子、話しかたも変わっているけれど、話す内容も、同じ小学生って感じがしない。  それでも、このやさしくてたよりになる女の子のことが、わたしは少し好きになりはじめていた。  階段をおりきったところには、また同じような壁と、アルミサッシの引き戸があった。見たところ、カギはかかっていない。  モネちゃんが、ガラリとその扉を開けると、ぱっと目の前が明るくなった。  気がつくと。  わたしは、塾の教室の入り口に立っていた。 「えっ?」  教室にいるみんなの目が、わたしを見つめている。  わたしの所属する受験クラスの子たち。三分の一くらいは同じ小学校だ。  ホワイトボードの前には理科の先生がいて、ちょっとふきげんそうにわたしを見ていた。 「長谷、何をぼーっと立ってるんだ。遅刻だぞ」 「あっ。ご、ごめんなさい」  あわてて自分の席へ移動しながら、わたしの頭の中は「?」でいっぱいだった。  やっぱり……夢だったのかな?  ただ、おかしなことがあった。  わたしは学校の上履きをはいたままだったのに、その裏は、少しも土でよごれていなかったのだ。
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