1

1/1
97人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

1

午後の業務が始まってすぐにスーツを着た人が入ってきた。 学生課の受付近くにいた僕が対応した。 こちらの大学の卒業生と連絡を取りたいから、住所と電話番号を教えて欲しいと言う。 何言ってんだろ、この人。 僕たち職員が個人情報を教えるわけ無いのに。 中肉中背のサラリーマン風。 白髪交じりの髪は50代半ばくらいだろうか。 ぱっと見た感じは普通にちゃんとした人だ。 ちゃんとしてそうなのに、そんなこともわからないのかな? 僕はイラつきながら、でも丁寧に、個人情報は教えられません、と答えた。 『はは。まあ、そうだよね。』 自嘲気味に下を向いて笑う。 わかってながら言ったの? なんだかよくわからない。 さらにポツリと話しはじめた。 『ネットで探しても見つからないんだ。 珍しい苗字なのに。 早々に結婚した証拠だと思うけど。 共通の友達もいない。 手がかりはこの大学だけなんだ。』 結婚して苗字が変わるって、女性を探しているのかな。 なんだか怖い。 ますます教えるわけにいかない。 『教えてもらえないのなら、僕の書いた手紙をこちらから送ってもらえないだろうか。』 ええっ…。 それなら出来そうな気がするけど、職歴の浅い僕には引き受けていいのか判断出来ない。 今日、課長は違う場所のキャンパスに行っていていない。 今日は上の者がいないので、引き受けていいのか僕には判断できないと言ったら、時計を見て『じゃあまた来ます。』と言って帰って行った。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!