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またスバル珈琲か…。 駅前に仕切りがあって落ち着けるカフェはここくらいだから仕方ないけど。 職場の人はみんなお弁当か学食だから、 会う心配もない。 裁判を受ける気持ちで店に入ると岡村さんの時と同じように奥の方の席に女性はいた。 会釈して向かいに座った。 『ごめんね、来てもらって。 ちょっと話が聞きたくて。』 『…こちらこそすみません。 …あの、どうして僕だとわかったんですか?…』 『手紙をもらう時に姉から若い男の子が来たと聞いていて。 あそこにいた若い男の子はあなただけだったから。 学生課にそんなにたくさんの職員がいるとも思えないしね。 あそこで話したらイケナイ話だから、筆談メモを用意していったの。 あなたでなかったら、深追いせず帰るつもりだったわ。』 女性はニヤリとした。 岡村さんから聞いていた歳のわりには若々しくて、美人と言うより可愛らしい。 悪戯っぽく話す感じが魅力的だ。 『個人情報を使った事をむやみに責めにきたわけじゃないの。 あなたが手紙を届けに来た経緯が知りたくて。 あの時に電話を代わってもらって聞けばよかったってすごく後悔したわ。 私もビックリし過ぎて、頭が回らなかった。 あなたは岡村さんの知り合いなの?』 『…知り合いじゃありません。』 『じゃあどうして引き受けたの? バイトみたいな感じで引き受けたの? 私が騒いだら大問題になるのに危険を覚悟で?』 汚い言葉を使わないで聞いてくれる。 優しい人だ。 『…バイトではないです。 …なんというか…。』 どう説明しようか困った。 うまく説明できないなら全部最初から話すしかない。 岡村さんが初めて学生課に来た時から届けた日のことまでを少し早口で話した。 『なるほどね…。』 黙って聞いていてくれた女性が下を向いて呟いた。 そして僕を見ると 『岡村さんの男の浪漫やら冒険やらに同調して引き受けちゃったんだ。』 と言って笑った。 『…そんな感じです。』 僕の気持ちをわかってくれて単純に嬉しかった。 『ダメな事をした自覚はある?』 『それはもう…。 家に伺ってから日にちが経つに連れて、罪悪感に苛まれました。 本当に申し訳ありません。』 僕は深く頭を下げた。 『わかったらなら…もういいわ。 あなたが引き受けなかったら探偵さんとか利用してたかもしれないし。 完璧に個人情報が守られることは無理だと諦めてる。』 岡村さんが言ってた通りの人だった。 女性の計らいに、心から感謝した。 『それにね、まず学生課を頼るってあの人らしいなと思って。』 女性はそう言ってフフッと微笑んだ。 『でね。 学生課に来た時の岡村さんの様子が知りたいの。 まだ手紙は読んでないの。 30年ぶりの突然の手紙だから、読む前に色々心構えがしたいのよ。 元気だったとか、やつれてたとか。 どんな感じ?』 僕は僕から見た岡村さんの印象を話した。 普通の中年男性だったこと。 やつれてたとか、病んでいる様子は無かったこと。 そして岡村さんからもらった名刺を見せた。 『余命宣告されて人生を整理したくなったのかと思ったけど、元気で働いてるのね。』 『僕もそれは聞いてみましたが、そんなことは無くて元気だって言ってました。 …そう書いた方が彼女は連絡してくれそうだけど、嘘は書けないと…。』 女性は聞きながら遠い目になっていった。
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