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出会い
ガウくんと僕が出会ったのは、寒い冬の日。
僕の家は山の上にあって、毎年たくさん雪が積もっている。
「ふわぁ」
朝早く起きれたので、外の空気でも吸おうとなんとなく外に出た。
「んーっ」
外の空気を吸いながら、両手を上にあげて伸びをした。
すると、ガサガサッと音が鳴った。
「ん⋯?」
僕はその音がなにか気になって、近づいた。
「あっ」
すると、そこには怪我をした狼が居た。
「だっ、大丈夫!?」
僕が近寄って、触ろうとした時。
「ガウっ」と威嚇され、触らせてくれなかった。
「そりゃそうだよねぇ」
ほんとにそりゃそうだ。元々強い警戒心が、もっと強くなっている今、触らせてくれるわけがない。
「ねぇ、どこから来たの?痛いでしょ?」
その狼の近くに屈み、ひとりで話し始めた。
倒れている狼は、警戒した目でこちらを横目で見ている。
「まだ死にたくないでしょ?」
そう僕が言うと、狼の身体がピクっとした。
「僕、普通の人間⋯。うーん多分、普通より力も知恵もないから普通以下だから、キミになにも出来ないよ?」
僕がそう諭しても、狼が納得してくれた気配はない。
「もぅ⋯。大丈夫だって言ってるのに。知らないよ!?このままここに居たら、ほんとに死んじゃうんだからねっ!凍えちゃうんだからねっ!」
僕はそんな頑固な狼にむくれた。
「行っちゃうんだかね!」と僕が諦めてその場を離れるフリをすると、狼は目を閉じた。
「え!?」
その様子にビックリして、慌てて駆け寄った。
「ねぇ!大丈夫っ!?ねぇってば」
僕が声をかけてもなにも反応しない。
幸い息はまだあるが、浅い呼吸。
僕は大きくて重かったけど、頑張って優しく狼抱き上げてを家へ連れて行った。
・
「ふぅ」
手当をした経験があまりなく、雑な包帯ぐるぐる巻きになってしまったが許して欲しい。
「狼さん元気になるんだぞ〜」
そう言いながら、毛並みを優しく撫でた。
その日は一日中目を覚まさず、狼は寝ていた。
・
付きっきりで看病していた僕は、その日も早く目を覚ました。
「ん〜っ」
凝った身体をほくずように伸びをした。
狼はまだ寝ていて、でもスピスピと鼻をピクピクさせ規則正しく息をしているので昨日よりはマシなのだと思う。
「狼ってなに食べるんだろ、肉とか⋯。いやいや怪我してる時に肉食べるのかな⋯。」
うーむと悩んでしまった。
とりあえず、起きるかも食べるかも分からないけど、肉を細かく切って、身体に良い山菜などを入れたものを作ってみた。
「よしっ」
作り終わったと同時に、「グルルル」という声がした。
「わぁ!起きたの!?良かったぁ。死んじゃうかと思って心配だったんだよ⋯。」
「黙れ」
僕は固まってしまった。
だって、目の前の狼が喋ったから。
「⋯⋯⋯⋯⋯しゃべった」
「帰る」
狼が立とうとするが、やはり傷がまだ痛むせいかふらついた。
「だ、だめ!まだ安静にしてないと!」
「⋯こんな傷、いつもの事だ。」
「だ、だめだってば!」
僕は無理やりにでも、まだ安静にしていて欲しくて、強く言った。
「ごっ、ご飯!お腹減ったでしょ!ご飯食べてから考えよ?ね!」
「ヒトが作ったご飯ほど信用ならない」
「⋯僕のご飯に毒でも入ってると思ってるの⋯?」
せっかく作ったご飯なのに、食べて貰えないのはとても悲しい。
「じゃあ!僕毒味したら食べてくれるっ!」
返事も聞かず、僕は狼さん用のご飯をぱくりと1口食べた。
「ほっ、ほえで、だいひょうぶでひょ!?」
「⋯は?」
僕はもぐもぐしていたものをゴクリと飲み込んだ。
「これで大丈夫だよ!毒入ってないもん!」
「⋯そういう問題じゃ」
「いいから!はいっ!食べなきゃ元気でないよ!」
僕がどうしても狼さんに食べて欲しくて押し付けると、渋々と言ったように食べてくれた。
「おいし?」
「⋯⋯⋯⋯」
「美味しくない⋯?」
「普通だ」
「ふ、ふちゅ⋯う?」
「⋯おいしい」
「美味しい!?良かったぁ」
僕は狼さんが美味しいと言ってくれて、とっても嬉しくてにまにましてしまった。
「ねぇ、狼さん。狼さんのお名前はなんて言うの⋯?」
「⋯⋯⋯好きに呼べ」
「なんで?お名前あるんでしょう?」
「俺は、お前を信用している訳じゃない。そんな奴に名前を教えると思うか?」
「思わ⋯ない。けど⋯。」
僕は人の気持ちに敏感ではないけど、疎くはない。
狼さんが僕を信用してないことなんて始めから分かっていたけど、やっぱり言われると寂しい。
寂しい。けど、その気持ちを相手に押し付けてはいけない。
「そうだよねぇ、初対面だもんね!僕たち!」
なので明るく返す。
「あ、そうだ!人に名前を聞くときは自分から!だよね!僕の名前は」
「結構だ」
「結構ってなにが?」
「もうこれから会わなくなる人間の名前など知っても無駄だ。」
「なっ!そんな言い方ないじゃんか!」
僕は狼さんのその冷たい言い様にぷっつん!ときた。
「僕が助けてあげなかったら死んでたんだよ!感謝してくれてもいいじゃん!」
「助けてくれなんて言ったか?」
「んぅぅ」
なにを言ってもダメだ。
僕は絶対狼さんには敵わない。
「もういいもんっ!しーらないっ!」
僕は不貞腐れてドスンっと勢いよくソファに座って、足まで組んで、床にいる狼さんをフンっと見下ろしてやった。
「僕の名前はじゃあいいけどさ、ほんとーーーに、名前教えてくれないんだね?変な名前で呼んじゃうよ?」
僕がもう一度問いかけても狼さんは返事をしない。
「もうっ!ガウくんって呼んじゃうからね!いいんだね!」
「ガウくん」なんて本当は嫌がらせのつもりだった。
そう呼ぶと言ったら、「嫌だ」と言って本当の名前を教えてくれると思ったから。
だけど、狼さんはなにも言わず、顔色も変えないまま無言だった。
そして、その後もずっとガウくんと呼び続けることを僕はまだ知らなかった。
・
あれから1ヶ月経ったけれど、僕とガウくんはまだ一緒に暮らしていた。
「ガウくん、今日のご飯はハンバーグだよ〜」
もぐもぐと大きな口で食べるガウくんを見つめて、呑気に「おっきぃ口」とぼんやりしていたら、
「食べたいのか?」
なんてガウくんが聞いてくるものだからクスッと笑ってしまった。
「んふふ、いらないよ。僕の分もちゃんとあるもん。ただ口大きいなぁって思ってたの」
「ふっ、お前の口は小さいからな」
「がっ、ガウくん!」
「⋯なんだ」
僕はガウくんが笑ったのを初めて見た。
「ガウくんいま、笑った!」
「笑ってない」
「笑ったよ〜!」
僕は今、とっても幸せな気持ちでいっぱいになった。
変な出会いだったけど、ガウくんと出会えて毎日楽しい。
そう、毎日が楽しかったのに。
ある日突然、急にガウくんが
「出ていく」
と言い出した。
「なんで!?なんで今更出ていくなんて」
「傷が治ったからだ。」
ガウくんは骨が折れていたみたいで、少し動くのはいいが、しばらく安静にしていた方がいいと言っていた。
その安静期間が、2ヶ月ほどだったのだろう。
ガウくんは僕の恐れていた言葉をついに放った。
「傷が治ってもここに居たらいいでしょ!?」
「それはだめだ。仲間の元に戻らなければ」
「なか⋯ま?仲間がいるの?」
「あぁ」
ガウくんはいつも自分のことは話してくれなくて、初めて自分のことを話したかと思ったら仲間の話だった。
僕はガウくんに仲間がいたことを知って、気持ちが沈む。
勝手に、僕とガウくんは一緒だと思っていた。
家族もいなくて、友達もいなくて、頼れる人もいない。
そんなひとりぼっちの僕と同じだと。
「そっかぁ、ガウくん仲間がいたのかぁ。それは戻らなきゃだよね!いつ出ていくの?」
「明日」
「明日!?」
「あぁ」
「必要なものとか」
「ない、大丈夫だ」
「そっかぁ」
唐突に来た別れに僕はまだ心の整理がつかなくて、最後になにかしてあげたかったけどなにも出来なかった。
ガウくんが出ていく日の朝。
「ガウくんほんとに行っちゃうの?」
「あぁ」
「もし、もしね。またなにかあったらここに来ていいからね」
「あぁ」
最後までガウくんはガウくんらしくて、僕は笑ってしまった。
「っ。が、がうくぅん」
僕は最後、笑顔でお別れしたかったのに、寂しくて寂しくて泣いてしまった。
その時のガウくんの顔は、ぎょっと驚いていて、その初めての顔を僕が引き出せたことが少し嬉しくなった。
僕はガウくんを優しくギュッと抱きしめた。
「はなれたく、ないよ」
「⋯⋯⋯ありがとう」
「な、なんでっ、こんな時に、お礼なんて言うのっ」
僕は初めてガウくんから優しい言葉を貰って、余計に離れたくなくなってもっと泣いてしまった。
その溢れる涙をガウくんはペロペロとしてくれて、僕はそのくすぐったさに笑った。
「⋯お前は笑った顔が似合う」
「最後の最後に優しいのは反則⋯なんだからね。ガウくん、僕ガウくんのことずっと忘れないよ。元気でね」
「あぁ、お前も」
「次に会った時は、名前教えてくれる⋯?」
「あぁ」
そしてガウくんは険しい山を駆けて、仲間の元へと去っていった。
今となっては、ガウくんのほんとの名前も、僕の名前も明かさなくて良かったと思う。
だって、次に会う時に名前を聞ける楽しみができたから。
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