俺の好きな人

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ホテルの入り口を入り、左側にフロントがある。 フロントの立つ位置によっては、車寄せが見えて、時任の姿を見る事も出来た。 車が来ると颯爽と前に出て、両手を上げて停止を促す。 ドアを開け、お辞儀をしている一連の動きに見惚れてしまう。 入社当初、フロントに就く前はベルスタッフだった俺は、ドアマンの時任と関わる事が今よりも多かった。 ホテルにいらしたお客様を、ドアマンの時任から引継ぎフロントへと案内する事も多く、その度に逸る胸を抑えるのに必死、時任と同じシフトの時は心を躍らせていた。 高身長で、長めのツーブロックは強すぎない印象、ソフトなサイドパーマは後ろに流れ、すこぶる端正な顔を惜しむことなく曝け出している。 そんな時任が皆の目を惹くのは当然で、毎日の様にホテルの前でお客様に頼まれ、並んで一緒に写真を撮らされていたのを羨ましげに見ていた。 勿論、羨ましいのはお客様、俺だって、あんな風に時任と並んで写真を撮りたいと思いながら、離れた所から眺めていた。 「あ、麻生、剣介に言われたんだけど、何? 麻生も今度合コンに来るって?」 フロントで俯いて業務をしていたから、時任が来ているのにも気付かずにいて、声を掛けられ驚いて顔を上げた。 「何、すっごい驚いた顔してんだよ… 俺、なんか変な事言った?」 「あ、い… や… あ、ああ… 何かそんな事を言ってたな… 」 「麻生も来るなら、めっちゃ可愛い子を集めるよ」 ニッコリと笑顔で言われ、ものすごく複雑な胸中。 「…… ああ」 沈んだ声になってしまい、カウンター越しに至近距離で顔を覗かれた。 「何? 麻生は行きたくないの? 」 「え?」 近い、近い、近い… 顔が近い… こんなに整った顔、間近で見たら口から心臓が飛び出る。 「… そんな訳じゃない…… 」 「じゃ、どんな訳? てか、お前の顔、可愛いな」 そう言って、俺の頬っぺたを両方の親指と人差し指で摘むと横に引っ張った。 「ひたひ(痛い)、はにふるんは(何するんだ)」 顔が真っ赤になってしまって、どうしようかと思う。 「… って、こんな馬鹿な事をしてる場合じゃねぇんだよ、もうすぐ高橋様がいらっしゃる」 時任の方から寄って来たのに、最後の言い草は酷いと思ったが、あまりにもドキドキと胸が激しく高鳴って赤くなった顔も戻らなくて大層困った。 可愛いと言ったか? 俺の事を… 。 綺麗とは何度か言われた事はあるが… (なんて自分で言うと感じ悪いか?) 可愛いは初めて言われた。 時任は、可愛いと思ったのか? 俺の事を… 更に頬が赤らむ。 姿勢良く背筋を伸ばしてエントランスに戻る時任の後ろ姿を、ずっと見つめていた。
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