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俺の好きな人
時は間もなく、梅雨が明けそうな頃。
暑い陽射しが早朝から降り注ぐ。
職場の更衣室に着くと、ブッとメールを知らせるスマホに気付き、おっ!と思わず笑顔になる。
まだ朝の早い時間、ラッシュの前に通勤を終えられ、眩しい朝日が心地良かった。
爽やかな気持ちで、そして逸る気持ちでスマホをスーツのポケットから取り出した。
peypey :『おはよう。俺は夜勤明けで今から帰宅、こたろうは?』
こたろう:『俺はこれから仕事だ、お疲れ様。 peypey、夜にまたメールをしてもいいかな?』
peypey:『もちろん、待ってる』
その文面と、後に続くニッコリと笑う絵文字に、思わず口元が綻んだ。
「おぅ、お疲れ、麻生、早番?」
「あ、時任… あ、ああ… 君は今、帰りか? ]
「んー、夜勤明け、めっちゃ眠い… じゃな… 」
顔を歪ませ、大あくびをしながら時任が更衣室を出て行った。
あと少し早かったら、彼の制服姿を見る事が出来たのにな… と残念に思う。
五つ星ホテル『ホテルハイルミネ』に勤務する俺と、今すれ違って退社した、ドアマンの時任桔平とは同期入社で三年目。
ベルスタッフだったが、今年、俺は念願のフロントに就任した。
「うぃ〜っす」
気怠そうに更衣室に入って来たのは、レストランでコックをしている平河剣介、同じ歳だけれど調理学校出身の彼は、俺達より入社が二年早い。
同じ歳とはいえ先輩なのだが、剣介が先輩風を吹かせないからか、普通に同僚仲間として接していられている。
それに、仲が良いのか悪いのか、顔を合わせれば、互いに言いたい事を言い合う剣介と時任、二人の関係を羨ましく思う。
でもそのお陰で、俺も時任と親しくなれた、有り難く思う。
「今、桔平とすれ違ったけど、夜勤明けでもアイツ、カッコ良くて腹立つな」
「そ、そうか?」
そう、いつだって時任はカッコ良い。
剣介は時任を桔平と呼び、俺の事は桃矢と名前で呼んでいる。
俺も時任を『桔平』と呼べたら… そんな事を思って顔が赤らんだ。
入社式で一目惚れをして、もう三年目になるのか… いい加減、諦めた方が、忘れた方がいいよな、と思いながらも顔を合わせればときめいてしまうし、いつだって俺の目は彼を探してしまっていた。
「今夜、また合コンだってよ」
「………… へぇ」
動揺を悟られないように、頑張って普通に返した。
「また可愛い子をお持ち帰りするんだろうな、最低だなアイツ」
「…………… 」
「… 桃矢?」
いけない、動揺が隠せなくて無言になってしまった。
「あ?ああっ!そうだなっ!時任は本当に羨ましいな」
満面の笑みで応えたけど、多分、思い切り引き攣っていた筈。
「羨ましいか?」
「… 羨ましくはないのか?」
「別に… あんな女ったらしには、なりたくねぇよ」
「…… そう、だ、な… 」
少し笑って、話しを合わせた。
「そういえば、剣介は、最近彼女と別れたって言ってたよな?」
「なんでそんな風に普通に訊くんだよ、一応傷心してんだぜ、俺、気ぃ遣えよ」
「…… ごめん… 」
「…… 桃矢、お前さ、空気読めない所あるけど、なんか憎めないよな」
笑いながらコックの支度を終えると、手を上げて更衣室を出る寸前に振り向いて俺に言う。
「あ、今度、俺らも合コンに連れてって貰わねぇ?」
「えっ?」
「彼女、欲しいだろ? 桃矢も」
「そ、そうだな… 」
「今度、桔平に話し付けとくわ、次のシフトで合わせようぜ」
「あ、ああ…… た、頼む… 」
彼女は全く欲しくないが、時任と一緒に飲みに行けるなら嬉しい、複雑な胸中で笑みを返した。
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