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──都市伝説みたいな話だけど、〝スプーン〟って知ってる?
本当に死にたい人を殺してくれるって噂。でもね、どこまで調べても〝スプーン〟と呼ばれているらしいってことまでしか判らなくて……。サイトとかもないのよね。自殺、他殺希望者なんてどこから探して殺すのかしらね。
朗らかに笑う姉は記者だった。
事件を追いかけるのではなく、ちょっと心温まる記事を書く記者で、地元で愛されていたが東京へ異動が決まり、今年の春上京してきた。
──ひさしぶり。
笑う姉に、なんと返事をしたか思い出せない。
姉は、今年最高の酷暑と報道された今日、急死した。
原因は不明。
診断は心不全。
突然心臓がとまったらしく、警察と一緒に一人暮らしする姉のマンションの一室へ立ち入った。
以前一度だけ入った時と変わりなく整頓され綺麗な部屋で、夕方になったら「ただいま」と帰ってきそうなほど、そのままで亡くなったという事実を飲み込みきれない俺は涙も流せない。
ゲイで、一応芸術家として生計を立てているが、実家の両親とは折り合いが悪く、ほぼ音信不通の自分が生きているのが不思議だった。
「あの、こんな時に申し訳ないんですが、弟の香山音弥(かやまおとや)さんから見て部屋に異常はありませんか?」
自分と同じくらいに見える(二十代後半くらい)刑事の言葉に、首肯する。ストレスがかかりすぎると一時的に声が出にくくなる症状が生じているため、声にて応えられないのは少し不便だ。
鑑識も、刑事も入り乱れて、取り敢えずの現場検証を行うのを見つめるしかできない。
「あの、お姉さんは記者さんだったんですよね。どのような記事を書かれていたんですか?」
刑事というのは、恫喝的というかちょっと怖いイメージがあったが、訂正しなければいけないなと思うほど若手刑事の物腰は柔らかく丁寧で、スマホで姉の記事を検索して手渡した。
「わぁ、素敵な文章ですね。やわらかくて温かくなる文章だ」
心からの賛辞だとわかる。
姉はなぜ死んだのか。
謎ばかりが残り、遺族の心は取り残されたまま事件性はないと結論づけられた。
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