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姉の葬儀が終わり、落ち着いた頃には声も出るようになり、遺品の整理をしにマンションへ来ている。
事件性はないと決まり実家へ送る荷物と、処分するものを分けながら片付けをしていた時、使い込まれた手帳がでてきた。
何気なく日記なのかと思いパラパラと中を見た時、大きく書かれたスプーンの文字を強調させる為か、周りを何度も丸く囲ってあるページに目がとまる。
上京してすぐにあった日。
──都市伝説みたいな話だけど〝スプーン〟って知ってる?と聞かれたのを思い出した。
「〝スプーン〟って、なんだ」
スマホで調べると、〝殺すモノ、救う者、掬うモノ〟というツイートが出てきたので表示する
──死にたいほど絶望してたとき、声を掛けてくれた人がいたんだけど。その人が「本気で死にたいなら殺してあげるわよ」って深夜にやってる喫茶店?に連れてってくれて、色々話を聞いて貰ったらなんか元気でた。
また会いたいけど、その喫茶店が判んない!誰か知ってたら教えて欲しい
#自殺#自殺未遂#スプーン!!#救う人だった!#殺すモノ#掬うモノ#救う者──
初夏頃に書かれたツイートを読んでいくと、〝スプーン〟という呼称は店の看板が由来、喫茶店というか酒も、ご飯も、お茶も、できて深夜に開店している店。らしい。
現役大学生くらいだろうか。
受験の不安で押し潰されそうになり深夜の散歩で声を掛けられたと書かれ、声を掛けられた住所も大まかにわかる。
「……姉さんは、このツイートから〝スプーン〟を探そうとしていた?」
ひとつの可能性に心がざわめいて落ち着かない。
もしかしたら、その〝スプーン〟という人物に姉がなにか関わってるかもしれない。
死を招いたかもしれない。
思考が飛躍しすぎるのは悪い癖だがそれを指摘する人はいなかった。
この世界には性別の他にスピーシーズと呼ばれるものがある。
殺人鬼予備軍と言われる〝フォーク〟
〝フォーク〟の好物である〝ケーキ〟
上記以外の、バースを持たない〝一般人〟
〝ケーキ〟や〝フォーク〟と呼ばれるスピーシーズは、世界各国で出現を確認されてから研究が進んでいるが、未だ謎は多い存在である。
芸術家、アート作家などと肩書きをつけられるようになって思ったことは肩書きは有る分だけ重くなるということだ。
「音弥先生」
「せんせい、じゃないよ」
大きな油絵のキャンバスの前に座り込んで動かない音弥が空虚な声で応える。
「……音弥、なにを考えてる?」
「姉さんのこと、〝スプーン〟のこと、お前のこと」
背中から抱き込まれた温かさと甘い香りに空腹を遠くに感じた。
どうも生きている人間は、腹がへるようにできているようだ。誰が死んでも、時間は過ぎて、死者の周りの人間以外は日常を過ごしていく。
「ご飯、食べよう?」
香山音弥を含む作品を国内外に売り込み商談をする専属のエージェントであり、恋人であり、パートナーである朝霧光鶴は、〝ケーキ〟であり、〝フォーク〟の音弥の給餌者として契約している。
契約といっても、簡単にいえば〝フォーク〟のマーキング。対象の〝ケーキ〟の身体を噛んだ場所に浮かび上がり、個人識別としても利用されるのが紋印だ。
「いいよ、なにを食べる」
カシリと光鶴の指を噛んで飴のように舐めながら考える。光鶴を食べたいと思うが、
肉を食べる気にはならない。
できれば美味しいものを一緒に食べたいと思うが、この世界で、何よりも美味しいものは目の前に居る。この幸せを少しでも多く、長く、味わいたい。
指先から舌を這わせて手の甲を少し噛み、与えた快楽の残滓を汲み取って自ら甘く熟れていく、〝ケーキ〟を見つめながら舌を絡めて蜂蜜みたいに甘い唾液を貪る。
震える腰を抱いて膝の上に乗せれば、琥珀色の瞳が甘く甘く蕩けて美味しそうで、情欲だけじゃない欲が顔を出してくるのを感じて意識を逸らす。
「うん、サンドイッチ作ろっか。たしか頂き物のコンビーフがあるから、マッシュポテトとコンビーフのサンドイッチね」
光鶴の溶けそうな舌を、少し強めに噛んで唇を離して、唾液の糸を絶ちきるように濡れた唇を脱ぐった親指を舐めてほんのり笑う。
この仕草が前に好きだと言っていた気がする。
あぁ、苺みたいに色付いた頬も美味しそうだ。
「……先にベッド行きたいんだけど」
「食い殺しちゃうからダメ」
きっと、確実に濡れているだろう場所は、まだ触らない。
──先になにか腹にいれないと、本当に食殺してしまうから。と微笑めば、赤く熟れた苺のような男の口元が綻んだ。
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