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香山音弥は、気がつけば件のツイートに書かれていた公園へ来ていた。十月とはいえ残暑が厳しい夜の空気は、まだまだじっとりと汗をかく。除湿の利いたアトリエではなかなか感じない感覚に驚いた。
この男、時折ではあるが無意識の間に外出し、毎回光鶴が探し回収して叱られる。
一番近い症例は夢遊病だ。
記憶のなかではさっきまで創作をしていたはずだ。手のひらをみれば描いてた絵の具が手首までついている。
「困ったな……」
何時間この公園にいたのかわからない。ひとまず公園の蛇口で手を洗ってスマホで時間を確認しようと常に入れているジーンズのポケットを探るが見あたらない。他のポケットや公園内を探したが見あたらない。
「……これ、確実に怒られる」
なんなら泣かれる。
音弥は光鶴の涙が苦手だ。
快楽に酔って生理的な涙を流すのはいいが、怒りや哀しみで流す涙は塩気が強いから好きではないのだ。
「あぁ、でももしかしたら会えるかな……」
「お困りごとかしら?」
柔らかい男の声に顔をあげると、中性的な美人がいた。
スケッチをしたいと思うが画材がないため、脳内にできるだけ子細を記憶しておくことにした。
「あ、の、スマホを忘れたまま来てしまったようで」
「あら、大変じゃない!ついでに食事もいかが? 近くにいい店があるの。私は知花夏葉(ちばなかよう)、男よ」
普通なら着いていくことはしないが、知花の容姿と物腰が琴線に触れた。面白くてもう少し観察していたい。
「……音弥。香山音弥、見た目のまま男です」
「ふふ、ノリがいいのね。誰かに連絡しなきゃいけないなら早くいきましょう。今深夜の十二時回ってるから、心配させているんじゃない?」
「そうですね、ありがとうございます」
高架下にある、居酒屋の程近く。
連れてきてもらったのは、深夜に開店するカフェバー。アンティークな店内にマッチする年配のマスターが出迎えた。
「いらっしゃいませ。夏葉さんがお連れさまと一緒なのは珍しいですね」
お酒も飲めるが多くの客は料理目当てに来店するらしく、メニューも食事のメニューの方が多いと説明された。
「途中の公園で迷子ちゃんを拾ったのよ。マスター、電話貸してもらえるかしら、香山くんていうんだけど、スマホもみーんな忘れて出てきちゃったんですって」
「それはそれは、なにか考え事でしたかな。ひとまずはご連絡をどうぞ」
促されるままカウンター横に設置されたアンティーク風の子機を手渡され、自身のエージェントであり、恋人の朝霧光鶴に連絡をいれた。
「しっかり叱られたみたいね」
クスクスと笑う知花へ苦笑いしてカウンターの隣の席に座れば、差し出されたのはミルクティーとパウンドケーキ。
「簡単につまめるものをご用意しました」
「あの、僕は……」
〝フォーク〟は〝ケーキ〟以外の味が解らないため、ご厚意でいただいても感想を伝えることができない。と固辞しようとしたが、知花が一口に切ったパウンドケーキを音弥の口に押し込んだ。
「おいしいわよ、それに顔色悪いからとりあえず食べなさいな」
見た目から、甘いものだろうなと思いながら咀嚼すると、ベーコンや野菜の味がする甘くないパウンドケーキだと驚いた。
「おいしい。しょっぱいケーキなんてあるんですね」
「ケークサレというお惣菜ケーキのようなものです」
ミルクティーも癖がなく飲みやすい。ケークサレとの相性もよく、──とても美味しい。
「え……?」
〝フォーク〟の味覚は〝ケーキ〟以外の味を判別できない。とすればこのパウンドケーキとミルクティーにはナニが入っているのか、〝ケーキ〟の一部が入っている? 誰とも判らない人間の肉や体液を摂取したのか? と、思考がたどり着いた瞬間猛烈な吐き気がした。
胃が捩れ、喉が狭窄し体内がぐちゃぐちゃになって吐くことすらままならない。
「あら、あなた〝フォーク〟だったの」
音弥の驚いた表情で事情を察したらしい知花が声を潜めて驚いた。
「そちらに入っているのは、ただのサプリメントですよ。最近発売されたんですが、ご存じないですか?」
マスターの説明に、ゆるりと首を左右に振った。──知らない。
メディアを見ることもないから知らないのかもしれないが、そんなものが発売されていたらもっと世間は騒ぐのではないのか?
〝フォーク〟限定のためそこまでのメディア影響力はないのだろうか。
それにしても──おぞましい。と思った。
ドアベルと共に待っていた男の声がした。
左側はショートヘア、右側はボブというアシンメトリーな髪型で、いつも通りの仕立てのいいスーツで魅力的な肉体を引き立てている。
音弥は、待ち人の来訪に僅かに力が抜けた。
「香山先生、見つけましたよ。すみません、ご迷惑をお掛けしました」
「いいえ、袖振りあったご縁ですから」
にこやかに会話をする光鶴の袖を掴んで、──早く帰ろう、と囁いた。なにかを察した光鶴はマスターと知花へお礼と贈答品を手渡し、ミルクティーとケークサレ代には多い金額をカウンターへ置き、その場を辞した。
深夜の空気とはいえ、まだまだ蒸し暑い。お互いに無言のまま光鶴の運転する車で帰宅した。
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