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夜の残滓を洗い流しながらもう一回盛り上がり、噛みついた首筋を手当てをしてからベッドシーツを替え、ゆったりとした余韻を感じることなく事情を説明した。
「え、〝ケーキ〟が居なかったのに味がしたんですか」
「ごめん、光鶴以外を食べることはしないと誓っているのに、もしかしたら〝ケーキ〟の体液を口にしたかもしれないと思ったら気持ち悪くて……」
頸骨の上に咲く椿の花の紋印を撫でてもう一度──ごめん。と謝ると、光鶴がクスクスと笑う。
「あぁ、なんだ。そういうことだったんですね。音弥から僕以外の〝ケーキ〟の香りはしない。だから僕以外を食べた可能性はないけど、そうするとなんででしょうね。味がしたのは、とても気になる」
柔らかく微笑んでいた光鶴の視線が鋭く音弥を射抜き、ベッドサイドの棚から折り畳みナイフを取り出した。
「とても、気になりますが、音弥に味を教えていいのは僕だけなんです」
光鶴は甘い吐息が熱を帯びて手にしたナイフを太ももに突き立てるベリーソースのような赤い血がトロリと溢れでてきてシーツに垂れるのが勿体ない。
ゆっくりと、ケーキを切り分けるように自身の肉を切り分ける姿は扇情的で、情欲も食欲も駆り立てられて、今すぐにほどよく肉付いた太ももにかぶりつき、その肉も血も骨もすべてを食らい尽くしてしまいたい。
「みつる……」
「もうちょっと待ってください、音弥」
ぐるる、と音弥の喉が鳴り、まるで獣のような音に光鶴の笑みが深くなる。
光鶴のために整えられた指が、白い肌を傷つけないように、でも自身の空腹を我慢するように本能に呑み込まれないように白むほど拳を握りしめて我慢している姿が一番欲情してしまう。
「あぁ、僕の〝フォーク〟。僕だけを愛する人。血だけなどと言わず、この肉も食べてください」
皮膚と肉を少し削ぎとって、脂汗をかきながら愛おしそうに音弥へと肉を捧げる狂気。イビツに歪んだ愛だなんて言われてもおかしくはない。
「あぁ、俺は光鶴だけを愛して、食べるよ。もしも俺が君の側を離れる時は、君を食べ尽くすから」
石榴のように酸味のある、甘さが口のなかに広がって一番満たされ、なぜかいつもより美味しい気がする。
「……僕も、愛しています」
異常が正常でイビツな愛の形は〝フォーク〟と〝ケーキ〟の中に生じる愛と欲。
本能と理性の狭間にある狂気が部屋に充満した。
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