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この世界には、性別の他にスピーシーズと呼ばれるものがある。
殺人鬼予備軍と言われる〝フォーク〟
〝フォーク〟の好物である〝ケーキ〟
上記以外の、バースを持たない〝一般人〟
〝ケーキ〟や〝フォーク〟と呼ばれるスピーシーズは、世界各国で出現を確認されてから研究が進んでいるが、未だ謎は多い存在だ。
事件は苛烈でセンセーショナルに、ニュースやワイドショーが取り上げる。
犯人の考察で躍起になるメディアも、遠巻きに腫れ物のように噂をするマンションの住人も、なにも知らないネットの住人たちも、こぞって義兄である十日町燕を犯人だと謂う声から逃れるためにホテルを借り暮らしている状態だ。
「燕さん、大丈夫?すこしでも寝てくれよ」
「ごめんね、大丈夫だよ。颯人がいないから、味がわからなくて食事が喉を通らないんだ」
泣き腫らした目元が痛々しい。
第一発見者であり、容疑者の一人として警察からも取り調べをされ、心も体も疲れきっている義兄は笑えていない笑顔で左手の薬指を撫でながら──ごめん、と再度謝った。
「今日のごはん、俺の血を混ぜたんだ。契約紋印の内容上、本当はダメだと思うけど、燕さんがやつれていくのは兄さんも嫌だと思って……」
紋印とは、〝ケーキ〟と〝フォーク〟が恋人という関係になる時、〝ケーキ〟の肉体を〝フォーク〟が噛むことによって浮かび上がる印であり、約束を違えないという誓いだ。
拘束力はないが、他の〝フォーク〟から襲われる確率が下がり、契約した〝フォーク〟の特定手段としても利用される。
「心遣いありがとう。颯人との契約では、もしもの時には、他の〝ケーキ〟から血や体液を分けてもらうのは許可されてるから、ありがたいよ」
「……そっか。兄さんらしいな」
優しくて、頭のいい兄だった。
いつも誰かのためを考えて動くのが当たり前で、作業療法士として働く姿はかっこよかった。そんな兄の死を、両親は受け入れきれず、お通夜も葬式も手配した俊哉でさえ、現実を受け止めきれていない。
「……僕の家族はもう居なくてね。僕が大学卒業して、働き出した頃には、みんな病気や事故で亡くなってしまったんだ。やっと、幸せな家族ができたと思ったのに……なんで、こんなことになるんだろうね」
本当に、迷惑をかけてごめんね。と燕の漆紺色の瞳が揺らぎ、感情が漏れるような吐息と共に言葉が消えていく。悲しんでいられない現状の辛さと疲弊で、大柄な燕の背中が小さく見える。
「今は、俺らが家族なんですから気にしないでください。……まずは、腹ごしらえです。ごはん食べましょ。スープ温めますから、まずはサンドイッチをどうぞ」
「……ありがとう、いただきます」
微かに微笑んだ燕に、体力を補って貰おうと腕を振るうことしかできないのは、もどかしかった。
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