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自宅に帰れば恋人で、同居をしている蒜山朋樹(ひるぜんともき)が、カフェオレを作って待っていてくれた。
「お義兄さん、様子どうだった?」
「ん、やっぱ疲れてたし、しんどそうだった」
「そっか」
世界が敵に見えるだろう状況で、当事者ではない俊哉はどんな言葉をかければいいのか判らず、食事を用意するしかできないもどかしさで上手く笑うこともできない。
「……さ、仕事もしなきゃな」
「無理はするなよ」
「うん、ありがと」
俊哉は探偵社に勤め、朋樹は夜勤介護をしているため、思ったよりプライベートの時間が合わず、同居をしているが顔を合わせるのは久しぶりだった。
「俊哉、夕飯どうする?」
「んぁ、俺作るよ。久しぶりの休みじゃん、一緒に食べたいしさ」
「じゃあ、一緒に作ろう」
「いいね、楽しみ!」
朋樹が心配していることは、俊哉も理解している。
一般人である朋樹は、〝ケーキ〟である俊哉に紋印を残せない。
そんな状態の恋人を〝フォーク〟の元へ送り出すのは賛成できないと言われたが、俊哉は〝フォーク〟よりも恐ろしいと思う存在がいる。
〝一般人〟の中にいると噂されている、快楽殺人者であり救済者、研究者、異常者と呼ばれる存在の方が、恐ろしいと思うのだ。
一緒に夕食を食べ、一緒に映画を観たりして楽しんだ。深夜になり、就寝した朋樹にキスをしたが、俊哉はまだ寝る気にならない。どこか落ち着かない気分で悶々とするよりは、仕事を進めようと自室に戻った。
「……【肉屋】」
自室に入りパソコンの電源をいれて、数秒とはいえ起動を待つ間に紙資料に目を通す。
【肉屋】と呼ばれる存在は、個人なのか、グループなのかすら判らず、情報の糸口もない。
「っぁー、わかんないことばっかりで頭痛い」
自分で淹れたカフェオレを啜りながら、SNSを漁っていると──〝スプーン〟という単語が目にはいった。
「〝ケーキ〟、〝フォーク〟に続いて〝スプーン〟って……。安直だなぁ」
さらりと投稿内容を確認する俊哉が求める内容ではなさそうだが、好奇心には勝てず内容を読むことにした。
「……救う者で、死にたかったら殺してくれるのか……」
死にたいのなら殺してあげる。なんて言われてついていくのか? その言葉の八割は嘘だと思うが、本当にそんなことを言う人がいるのなら会ってみたいと思う。
「いや、それより【肉屋】だ」
探偵社に「【肉屋】を調べて欲しい」と依頼があったのは夏前だった。
詳しい話は社長の久遠勝一(くおんしょういち)が依頼人と確認し、依頼内容だけが俊哉へ下りてきた。
──依頼内容は、【肉屋】という存在を調べること。
【肉屋】とは、普通の精肉店と同じように「肉」を売買しているが、その実態は謎に包まれている。
依頼者は【肉屋】がどのような形態で、何を売買をしているのかが知りたい、ということだった。
これ以上の情報は下りてこなかったため、俊哉は頭を抱えている。
「わっかんない。全然ヒットしない。微塵もわかんない……」
情報納品する期日は明確にはないが、依頼から一ヶ月余り経つ。
あまりにも情報がなく、ストレスで胃が荒れそうなところに兄の不幸と、その事件の容疑者になった義兄のケアが重なり、俊哉は精神的ストレスと心労で円形脱毛症になりそうだ。
「……違法な肉を取り扱っている、とか?」
違法な肉ってなんだよ、と自分でツッコミをいれてしまうが、あながち間違いでもないかもしれない、と気持ちを切り替える。
「違法、違法……。期限切れの肉、原産地詐称……人の肉を卸している……?」
自分の口から出た言葉で、身体中の血液が凍り、鼓動が跳ね上がる感覚がした。口が渇き、猛スピードで、たらればが溢れだす。
「もしも、この世界で売れる肉があるなら、〝ケーキ〟の肉、だよな」
希少種である〝ケーキ〟の肉は、〝フォーク〟に高値で売れるだろう。
でも、〝ケーキ〟の肉をどこで調達するのか? というところで行き詰まった。
「とりあえずメモっとこ」
鮮度のいい〝ケーキ〟の死体が手に入る場所なんてそうそうないのだから──。
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