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43.【紫苑視点】なかなか2人きりになれていない現状
GWが終わって、ほとんど夏の気候と化した平日が帰ってきた。
これ以降は、7月の海の日まで祝日が来ない。
予想はできていたが、我がクラスも例外ではなく5月病が蔓延していた。
出席率はいつもの7割ほどだ。
『うちのクラス学級閉鎖なんだけど(笑)』
下には下がいた。
インスタに投稿されていた神川の写真は、ガラガラの教室が映し出されている。
これ、本当に朝早くではなく日中に撮影した光景なの?
『#今日振替休日でよくね? #5月病に罹患しなかった人と繋がりたい #授業させろよ #卒業までに何人生き残れるかのデスゲーム』などなど、途中から大喜利と化したハッシュタグ作文に不覚にも吹き出してしまった。
「なんか面白い投稿でもあった?」
学食にて。トレーを置きに席を離れていた藤原さんが、戻ると同時に興味深そうに声を掛けてくる。
そのまま携帯電話の画面を見せると、やべーなこのクラスとそれなりに笑いを取れた。
「黒川さんって見る専?」
「そうなる」
Twitterも、インスタも、TikTokも閲覧専用のアカウントとして使っている。
わざわざ文字に起こすほどのつぶやきも、他人に見せびらかせるほどの写真と動画も、センスがないので発信する気が起きないだけだ。
「嘘松とかインスタ蝿みたいな、承認欲求マシーンになるよりは謙虚でいんじゃね。いまは企業側も就活生のSNSはチェックしてるから、下手な投稿はできないし」
隣でうどんをすすっていた柿沼さんが口を挟んでくる。
鍵垢ならともかく、インターネットに公開している以上はそういった欲は持ち合わせているのではないだろうか。
「そりゃ、たくさんいいねがついたら嬉しいけどね。わたしの場合は日記として使ってるかな。写真だけでいいから、文字を打つ手間も省けるし。あと、目指す業界的にいい写真を撮る勉強にもなるしね」
「でもあんた、最近はカップルフォトばっかじゃん。幸せなのはいいことだけど別れたときに虚しくなんない?」
「別れませんー。それくらいの惚気くらいしたっていいじゃん。デートではお互いストーリーやりまくってるよ」
この2人は見た目通りSNSも使いこなしていて、投稿画面には見栄えのいい写真がずらっと並んでいた。
主に綺麗な風景や美味しそうな食べ物の写真が多い。
藤原さんは彼氏さんらしき人とお揃いのスニーカーのショットだったりカフェで2つ並ぶ食事だったりと、いわゆる”匂わせ”投稿が中心だ。
……芹香は、どうだろう。
属性的にはこの2人と同じく『陽』の人だから、カップルフォトを撮りたいと内心思っているのだろうか。
投稿に興味はなかったけれど、芹香との日々を写真や動画に残しておく。
ふたりだけのアルバムを更新していく。
そういう用途として考えれば、いいものだと思えてくる。
けれど、あくまで仲の良い友人の範囲としてしか載せることはできないだろう。
世界はまだまだ、同性愛に寛容とは言い難いのだから。
「黒川さんはGWって何してた?」
「バイトと……あと親とご飯食べに行った。それくらい」
「まじめだなー。ずっとバイトだったらしいからしゃーないけど、疲れね? カラオケ来ればよかったのに」
「ごめん。行きたかったんだけど疲れがたまってて。また今度行こう」
ほら、本当のことは言えない。
その日はちょうど芹香とのおうちデートだったから、とは。絶対に。
今日だって、本当は芹香と2人でお昼を食べたかった。
正直に言えば、毎日になる。
けど、毎回他の友人からの誘いを断るわけにもいかない。せっかくできた交友関係をないがしろにしたくもないのだ。
「黒川ってバイトの休みいつだっけ」
「今週は明日と……金曜」
「じゃ、どっちかカラオケ行こうぜ。あんただけハブって感じで罪悪感あったからさ」
「学校から行くとなると……商店街の通りに寂れた一角があるんだけど、そこにカラオケ店あるんだよ。結構狙い目」
「それって、一軒だけ営業してるラーメン屋があるとこ?」
「そうそう。よく知ってたね」
まさしく、GW中に芹香と行ったからとも言えない。
藤原さんたちは次の日に訪れたことになるのか。
カラオケ店でやったあの日のことを考えると、バッティングしなくてよかったと思う。
表向きは、単なる友人に戻らないとならない。
わかっていても、芹香は他に委員会やバイトがある。
学校がはじまってからなかなか2人きりになれていない現状に、私はやきもきし始めていた。
「…………」
ポケットに忍ばせていた、未だ未開封のリップをそっと握りしめる。
付き合ってから最初のプレゼントを。
これまで通りの日常生活に埋没していると、ときどき不安になるのだ。
自分なんかが本当に芹香のこ……そういう人でいいのかと、どんどんGWの記憶が薄れていく。
これに触れているときだけは、たしかな実感を得ることができる。
ああ、だから写真や動画に残しておくカップルもいるんだろうな。
いまなんとなく分かった気がする。
「黒川さん、リップ塗り忘れ?」
ちょんちょんと、藤原さんが自身の唇を指差した。
塗っているか分からないほどの薄いものをいつも使っているのに、よく見ているなこの人。
「ああ、うん。忘れてた」
化粧用ポーチからいつも使ってる色つきリップを取り出し、適当になぞる。
もちろん唇のケアはしているけれど、芹香がくれたリップを塗る機会が来るまではほかのものを使いたくないという気持ちはあった。
けど、気づかれた以上は塗らないわけにはいかない。
「黒川、それ使ってどれくらい経つ?」
「もうすぐ1年……かな」
「それだと、そろそろ買い替えたほうがいいんじゃない? こないだいい感じのナチュラルリップ見つけたから、よかったら紹介しようか」
こないだの芹香と似たようなことをふたりは言う。
やっぱり、みんなリップは定期的に買ってるものなんだな。
雑談を終えて教室に戻る頃、LINEの通知音が鳴った。
『放課後 屋上階段まで来て リップも忘れないでね』
芹香からだった。『いろいろ限界なので突然でごめん』と大量の謝罪絵文字を交えたストレートなお誘いに心が沸き立つ。
たしかに今日は、バイトも私だけのシフトとなる。
こういう形でしか2人きりになれないのはもどかしいけれど、秘密の時間って言葉に置き換えるとどきどきするから嫌いじゃない。
ポケットのリップに触れて、『わかった』と送信した。
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