恋人編

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45.さりげなく独占欲出してくる紫苑 「それらしいことしてみたかったのだけど、いい?」 「なんでしょうか」  どうやら、カップルフォトを撮りたいとのこと。  たしかに、写真から入るのは一般的なカップルっぽいよね。 「んで、ここで撮る? 自撮り棒あるけど」 「陽キャ御用達アイテム本当に持ってるんだ……いえ、私撮るのは好きだけど撮られるのは苦手で」  ん? 撮影NGなのに撮りたいってどういうこっちゃ。頭の中に宇宙猫の画像が浮かぶ。 「ごめん言葉足らずだった……匂わせフォトってこと。……えと、非公開ならツーショットもいいけど」  あ、なるほど。  基本、紫苑がカメラを構えるときは食べ物か風景写真ばっかだしね。  これだけ付き合い長いのに、この子とはプリクラの一枚も撮ったことないのよ。 「逆に、みんなそんなに記念撮影するの?」 「いつ死ぬか分からないし年一で撮ったほうがいいかなって。変な写りの写真を遺影にされたら嫌だし」 「そんな刹那的な理由なの……?」 「それがすべてじゃないよ。思い出を記憶のままだけにしたくないのもある」 「でも確かに…… 直近の写真が中学の卒アルだから、あれで葬式やられたら夢枕に立つかも」  つっても、私もSNSに載せる写真は他の子とどっか行ったときに撮るやつばっかで自撮りは上げたことないけどね。  他の子が上げてるやつと比較すると、自分だけ盛りまくってるとかあるあるで面白いよ。  周りの空間歪みやすいからすぐにバレるんだよね。 「なんなら私撮ったげようか? そのままで十分すぎるけど、ご要望があれば可愛く盛ってあげますよ」 「別にいい……って言いたいけどこの先も自分を撮る機会はないだろうから、万が一に備えてお願いしようかな」 「まかせてー」  スマホを構えて、紫苑から距離を取った。  顔の盛りを重視するため腰の位置まで構図を切って、ちょうど夕暮れ時なので窓際に立ってもらう。  逆光だと顔が暗くなりがちなので、明るさ調整は露出補正を使うかたちで。 「もうちょい真ん中に寄ってー。ちょっと顎引いてー。よしいいよー」  軽く指示を出して、角度を変えて何枚か撮影する。  うちのiPhoneはそこまで撮影に特化した機種じゃないけど、最近買い替えたやつだからカメラ2つあるし、さすがにスペックは上がってるね。  無加工でも紫苑はかわいい。美白補正を掛け、スマホを見せる。 「どれを送ればいい?」 「じゃあ、これで。……他のは削除して」 「え、やだよ。どれも可愛いから捨てられるわけないじゃん」  お世辞ではなく本当にそう思うし、なんなら今後もいろんな場所でいろんな紫苑を保存していきたい。  私、けっこう撮影係頼まれることも多かったんだよね。  最初の頃は半目やブレまくりといった事故写真も多くて、何度も家族や友人にやり直しってテイク重ねられたわ。  インスタやるようになってから『他人に見られることを意識』してそれなりのものは撮れるようになってきた。  経験がいま生きていることに感謝だ。 「……あ、恥ずかしいだけで選ばれなかった写真が下手って言ったわけじゃない。ほんとに。むしろ、他人ってなかなか見栄え良く撮れないからすごいと思う」 「撮影が上手くて損することはないし、自分の恋人ときたら世界一可愛く撮ってあげたいじゃないですか」 「本当……そういうのさらっと言えるの、ずるい」 「本心だからね~」  だって、紫苑なかなか撮らせてくれないんだもの。  片思いずっとこじらせてた私だけど、さすがに隠し撮りはしなかったよ。卒アルで我慢したよ。  それもそれでストーカーじみてるな。 「ついでに待ち受けに設定していい?」 「……他の人にはぜったい見せないでね」 「覗き見防止フィルム貼ってるから大丈夫~」 「あと、目は黒モザイクで隠して」 「一気に盗撮感増しますなー」  それは譲歩できなかったので嫌ですと主張したところ、”匂わせ”のほうだったらいいとお許しをいただいた。  むう、待ち受けはダメでしたか。 「ちなみに、どういうのを撮ってみたいの?」 「藤原さんの受け売りだけど……影ショットっていうもの。いわゆる影絵」 「あー。綺麗に撮れるとエモいよね」  藤原さんの影響ってのにちょっともやっとしたけど、写真嫌いな紫苑がこれを機に目覚めてくれるなら大歓迎だ。  ここだと光が弱いため、いったん外に出て人気のない場所まで歩く。  この時間帯なら、体育館通路か。  シンプルに影が引き立つコンクリートの地面と、遮蔽物となる豊富な自然は撮影にはうってつけだ。  日向に出る。傾きはじめた強い日差しを背に受けて、私たちは並んだ。  さすが紫外線量が多く日照時間も長い5月なだけあって、地面にはくっきりとふたりぶんの影が伸びている。  じりじりと後頭部に焼きつく日光が熱い。はよしろと急かしてるみたいで。 「片手ずつでハートって構図やりたかったけど……これだけ身長差があると難しいな。ついでに私手もでかいんだっけ……」 「ごめん……私の身長が足りなすぎるばかりに」 「いいって。私が中腰かしゃがめばいいだけだから」  あんまりもたもたしてたら他の人に見つかってしまうので、手早くスマホをかざす。  にゅっと隣に突き出された、ちょっと曲げられた指に同じ形をつくった片手で触れる。しゃがんでるから、カップルフォトってより母娘のショットみたいだな。 「こんなもんでどうですかね」 「うん……ありがとう。大事にする」  さっそく待ち受けに設定した紫苑が、スマホで口元を隠して目を細めた。  撮影で時間を食ってしまったこともあり、バイトに遅刻しかねなかったので今日は循環バスを利用することにした。  その間、ちらちらスマホを見ていた紫苑にほっこりする。  自撮りは嫌なのにシルエットなら喜ぶのか。可愛い。  むしろこの嬉しそうな横顔を写真におさめておきたいところだけど、じっと網膜に焼き付けて我慢する。 「LINEで事足りてるとは思うけど……電話帳に登録してなかったからせっちゃんのメアド教えてもらってもいい?」 「いいよー」  いきなり連絡先を登録したいって、どういう風の吹き回しなんだろう。  その答えはすぐに判明する。  名前、携帯番号、誕生日、メアドといった最低限の項目を設定した紫苑が、ドヤ顔でスマホを見せてきた。 「……あ」  『関係と名前を追加』の項目には、『パートナー』と登録されていたからだ。 「いい響きよね、こういうの」  こういうとこで、さりげなく独占欲出してくる紫苑が愛おしくて仕方ない。  可愛がりたかったけどバス内だったので自重して、ぐっと親指を立てておく。 「誕生日のほかに日付も追加できるってなんだろうと思ってたけど、忘れてはいけない日とかを制定したい人用なんだろうね」 「ああ……誰かの命日、とか」 「そこは交際記念日とかにしましょうぜ」  どうやら紫苑の想定にはなかったようで、一気に頬が赤くなる。耳まで赤くしつつ、しっかりあの日の日付を登録する紫苑ににやにやする。  紫苑には重いって思われそうだから見せなかったけど、『関係と名前を追加』の項目、私は『友達』から『配偶者』ってこっそり更新した。  いつか叶えたい未来だし、どうしてもそれを入れずにはいられなかったんだ。  そんなこんなで健全なお付き合いを続けて1週間ほど経ち、高校がはじまって最初の試験日が過ぎていった。  そして、私の中間考査は散々な結果に終わったのであった。
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