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48.貴女の好きって言ってくれた私
私のどこが好きか。
言ってみたいし言われてもみたいワードですよね。
できればもっと甘いシチュで聞きたい言葉だったなと思うけど。
「好みど真ん中のかわいさだから」
「……直球でよろしい」
たくさんある理由のうちのひとつを挙げる。
かわいいと付け足したのが良かったのか、紫苑の反応はまんざらでもなさそうな柔らかい口調だ。
容姿が先か、中身が先かはわからない。
一目惚れって概念を理解する前から一緒にいたから。
「ぶっちゃけ、ありすぎて困るなあ」
「そんなに……?」
たまに見せてくれる笑顔は激烈に可愛いところとか、バレーやイナバさんの件であった苦難に前向きに挑む姿勢とか、子供そのものの見た目に似合わぬ家事スキルの高さとか、成績ガタ落ちした恋人にも取り乱さず、冷静に解決策を考えてくれてるところとか。
口にすればチープな言葉になりそうだから、胸に秘めるだけ。
ただ超絶可愛いだけだったら、他にもそういう子はいるよねと諦めていた。
この子と長く過ごせば過ごすだけ、新たな魅力という首輪に心臓を繋がれこの歳まで執着するに至ってしまった。
ストーカー一歩手前だったな。
「私は未だに、せっちゃんとこうなってることが夢みたいって思うけど」
「それ私の台詞~」
今でも、これは死にかけのときに見ている走馬灯なんじゃないかって思うよ。
だって、初恋の相手がフリーで、同じ性的指向で、自分を愛してくれているってどんだけ運がいいんだよ私。
自分の好きな人が自分を好きって、フィクションでは当たり前の理想だけど現実はそこまで甘くない。
美形ならなおさら、とっくに別の人がいるパターンがほとんどだ。
私の場合はそれに加えて、同性愛という少数派のカテゴリーから探すことになる。
学生の間ならなおさら出会うのは難しい。
ほんと、前世でどれだけ徳を積んだんだろう。
「せっちゃん、私の見た目が好きなのよね?」
「それだけじゃないけど、一番はそれですねぇ」
「そう、ありがとう。美容関係は詳しくなかったけど、たくさん勉強するようになった甲斐があった」
「しーちゃんは努力家だ」
紫苑の背中に流れ落ちる、腰まで届く黒髪を梳く。
こんだけ長いと艶を保つのも大変だろうに。輝きも滑らかさも、シャンプーのCMにいるようなサラツヤ女優さんと遜色ない。
……そうだよね。紫苑、化粧っ気薄いから気づきにくいけどさ。
どんなに可愛い子でも、もともとの美貌を維持するための努力を怠っているわけがないんだよね。
「うん。だから、私の言いたかったことはそれになるのかな」
「どゆこと?」
「貴女の好きって言ってくれた私でいたいから、ずっと頑張れてるのって話」
髪を掻き上げ、上目遣いで紫苑が微笑む。あざとい仕草だと分かっていても可愛い。
これも私を射止めるために角度とか研究したのかな。天然でやってるのかもしれないけど。
「で、その、私がせっちゃんに惹かれた理由だけど」
「お、おう。改めて声にされると照れるね」
「なんでもそつなくこなせて、何度も私を助けてくれて……そんなすごい人が、私を好きだって言ってくれたから。そこから意識するようになった、のかも」
「そ、っか……」
最後の方は小声にかすれていって、かろうじて聞き取れる程度だった。
ぽすっと、紫苑の頭が胸元に押し付けられる。
西日に照らされ輝きを増す後頭部に触れて、そっと撫でた。
ああ、そういうことだったんだね。
叶うはずがないと思っていたから忘れていたとこだったよ。
私が文武両道を目指すようになった、理由。
すべては紫苑と、明るい未来を築くため。
道は幾通りもあるけど、選択肢は多ければ多いほどいい。
枝を広げるためになんでもやって、なんでもできて損なことはない。
あの頃の私は紫苑とそうなりたくて、振られても可能性を捨てきれなくて、今までやってきたんだ。
頑張ってきたから、紫苑が振り向いてくれた未来をつかめた。
なら、恋に溺れて積み上げてきたものすべてが崩壊しようとしている今があってはならない。”貴女の好きって言ってくれた私”でいるために、やるべきことは分かっていたじゃないか。
「……わかって、くれた?」
「うん。補習、受けてみようと思う」
その一言で伝わったのか、紫苑が大きく頷いた。
赤点じゃないから追試は免れたけど、うちは放課後に成績不振者や今の勉強についていけているか不安な子向けに補習を実施している。
期末も酷かったら、夏休みが潰れることも覚悟しないといけないからね。
バイトや紫苑との時間が減るのは寂しいけれど、そんなことも言ってられない。
依存と指摘されたいま、多少は紫苑と離れる時間も大事だろう。
テスト期間を棒に振ったのだから、同じくらいの時間をかけて取り返さなくてはならないのだ。
「応援、するから。頑張って」
「頑張ります。生まれ変わってみせます」
「うん、えらいえらい」
腕が伸ばされて、ぽすっと頭上に紫苑の小さい掌が着地する。
紫苑、たまにちっちゃいお母さんみたいな顔になるときがあるんだよね。それもそれでギャップがあって可愛い。
しばし柔らかい感触が行き交う時間を堪能して、紫苑が『……もう少し?』と尋ねてきた。
「まあね……寂しい気持ちはある」
「そう……じゃあ、やってみたいことがあったのだけど、いい?」
「なんですかね」
つんつんと、紫苑がブラウスの上から胸鎖関節あたりをつついてきた。
……あれ、もしかして。
「キスマ、やってみたい、とか?」
冗談半分で言ってみただけだったんだけど、図星だったのか紫苑の頭が控えめに振られる。
「はじめてだから、うまくつくか分からないけど」
「しーちゃんってけっこう大胆なとこあるよね」
「だって……せっちゃんは付き合うのが初めてじゃないんでしょう。だから気になってしまって。それになにか証があれば、離れていても安心するかなって」
「愛をこういう形でおくってくれるわけですね。可愛い」
素直に褒め言葉を述べると、照れ隠しなのかもう待ちきれないのか、ブラウスのボタンが一つ外された。
わー、ほんとにやっちゃうのか。紫苑からされると思ってなかったからどきどきするな。
胸元に紫苑の吐息がかかって、やがて強く唇が吸い付いてきた。
一回でつかなかったから何度かリップ音が鳴って、背徳感やら興奮やらで頭がくらくらした。学校じゃなかったら絶対やばかったな、私。
「……また、薄れたら言ってきて」
「消えるまでにしっかり頭に叩き込んできますので」
私からは、まだ。軽く紫苑の頬を撫でて、したい気持ちを自制する。
すべては勉強が終わってからのお楽しみだ。理性を保て、私。
そうして迎えた補習にて、私は思いもよらない人物と出くわすことになった。
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