恋人編

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52.【紫苑視点】2人きりになれる場所がいい 「最近、集客が伸び悩んでるんだって。SNSもやってるけど、フォロワー数はお察しのレベルってわけ」  対面に座った芹香が、ぐるっと店内を見回す。  さすが人気チェーン店だけあって、開店直後に訪れたにも関わらず次々とお客様が席に着いていく。  ここでしか食べられない目玉商品があるわけでもないのに、この違いはなんなのだろう。 「確かに、客がひっきりなしに来るほどの盛況ぶりはGW以来減ってきた気がする」 「土日ですら、ランチタイム以外では来客がまばらになったもんねー」  昼間は相変わらず忙しいが、ランチタイムが実質一日の大多数の売上になっているとすればまずい。昼飯感覚で利用する客層にしか受けていないことになる。 「せっかく仕込んだ料理がぜんぜんさばけず、まかないで消費することもあったわね……」 「そうなんだよね……平日の夜は、とくにお客さんの少なさが顕著で。新メニューも全然出てないし、誰にも食べられず廃棄するってだいぶへこむし」  店長が私たちを含む若い店員に話を振ってきたのは、”今の若者の感性を取り入れて人気を回復させたい”ということらしい。  つまり、人気カフェ店に行ってリサーチしてきてということ。  できれば複数人で行って意見の交換をしてきたほうがいいということで、店長は芹香と私のシフトを空けてくれた。 「で、どうよ。ここ、しーちゃん的には美味しい?」 「貧乏舌だからあまり参考にならないかもしれないけれど……受けそうな具材を入れてるから美味しそう、食べたいって意欲が沸いてくる感じ」  世の中のヒット商品のほとんどは、既存商品をベースに進化させたもの。  私が今食べているペペロンチーノも、今の季節らしく夏野菜をふんだんにつかって醤油で味付けし、エビと青じそを加えた日本人好みの和風要素を取り入れている。  そのぶん辛味はだいぶ抑えられているけど、辛いのが苦手で敬遠していた人には勧めやすいのかもしれない。 「いろんなカフェを渡り歩いてそうに見える陽キャ代表清白さん、お手元のパスタはいかがですか」  演技めいた声で、マイク代わりの握りこぶしを芹香に突きつける。 「えっとー、そうですね。このナポリタン、トマトソースのシンプル仕立てでありながらクレソンの辛味と魚介のコクを味わうことができるこだわりの一品です」 「メニュー表の説明文じゃなくて、貴女個人のご感想を述べてよ」 「意識高いナポリタンって感じで、つまり美味しいです」  美味しいしか出てこない語彙力に、二人して笑った。  即座に具体的な美味しさを語れる、芸能人の偉大さを知る。  今日は朝、昼とカフェで済ませる予定だったため、空腹の胃袋にはなんでも美味しく感じてしまう。  食レポを諦め互いに黙々とパスタを平らげて、一息ついた芹香がグループLINEに『人気店だけあって美味しかったです』とそのまま送信した。 「ありがとね、今日つきあってくれて」 「ううん、店長には日頃お世話になってるから力になりたい気持ちもあったし」  それに、わざわざ芹香と休日を合わせてくれたのだから行かない理由はない。  休日に、ふたりでカフェ巡りをする。  これってデートじゃないのか、って浮かれて何が悪い。  それにしても、芹香の服装は相変わらずラフだ。メンズライクなTシャツと、Gパン。  学校では派手に髪を染めてアクセネイルでばっちり飾っているだけに、私服はいつもこんな感じだからギャップがある。  部屋着と変わらないシンプルさでも、芹香みたいにスタイルがいい人が着ると高級感と気品が出るのだから不思議だ。  彼女は街を歩いているだけで声を掛けられるほどモテる子だし、あえて女を出さない格好で固めているのかもしれないが。 「そろそろ出る?」 「あ、うん……」  あまり長居していると回転率が悪くなるから、ということだろうけど。  もう少し、他愛ないお喋りに興じていたかった物足りなさがある。  歯切れの悪い私の返事を察してか、『他に食べたいものがあった?』と芹香が聞いてきた。 「そういうわけではない、けど。写真……撮りたいなって」 「あー、たしかにこの居心地の良さはSNS映えするよね。うちの内装の参考にもなるし」 「う、うん……せっかくだから、せっちゃんも入れて」 「なぜに? お店だけでよくない?」 「い、一枚はお店だけど。せっちゃんってこういう雰囲気のお店に似合うから、撮ってみたい」  せっかく2人で出かけているのだから、思い出に残しておきたい。そう言えない自分が恨めしい。  気軽にカメラを向け合ってシャッターを切れる、友人みたいな距離感を羨ましく思う。 「参ったな、カメラ向けられるならもうちょっとおしゃれしてくればよかったよ」 「せ、せっちゃんなら何を着ててもかっこいいよ。お世辞でなんて言ってない」 「そりゃどうもー」  芹香の返事は友人にかけるトーンと大差ない。  それもそうか。普段と変わらない私服姿を褒められたところで、疑問しか湧かないだろう。  ……それよりも、言葉に引っかかりを覚える。  もうちょっとおしゃれしてくればよかった。つまり、今日の格好もあえてではなく外出の感覚としか捉えていなくて。  芹香にとっては、デートとは意識していなかったのだろうか。  元々は仕事の一環で来ているとはいえ、仕方ないのかもしれない。けど。  割り切れず、胸に空虚な感覚が広がっていく。 「しーちゃん? 準備できたよ」 「ごめん、すぐ撮るね」  淀んできた思考を塗りつぶすように、笑みを取り繕いシャッターを切る。 「んじゃ、出よっか」 「……そうね」  あまり、好みではなかったのだろうか。   私服の時は当たり前のように言われていた可愛いという言葉も、今日は聞いていない。  『ついでだからしーちゃんも撮るね』と言われると思っていただけに。  空振りに終わり、スカート生地をぎゅっと握りしめる。  いや、これは自業自得だ。  私が写真が苦手なことを芹香は知っているから、撮っていいとは言いづらいに決まっている。  なのに、私も撮ってと言い出せない積極性のなさに苛立ちが沸く。  だめだ、こんなことで曇っていては。  あらかじめデートと約束していたわけではないし、好きな人と出かけることが必ずしもデートを意味しているわけではないのだから。 「さて、このあとどうする? お昼まで長いし、どこでも連れてったげるよ」  どこでもいいなら、2人きりになれる場所がいい。  カラオケはこの前行ったから新鮮味がないので、私はある施設を提案した。 「ネットカフェ……ってものに一度行ってみたかったのだけど、いい?」 「カフェはカフェでもそう来ましたか」 「フードメニューが充実しているところもあるみたいだし、こういうところも参考にすればなにか掴めるんじゃないかって。それに、今日すごく暑くなるみたいだからあまり動かないほうがいいかなと」 「うん、いいよ。私も行ったことないから楽しみだなー」  聞こえのいい言葉をつらつら述べて、行き先を決める。  ごめんなさい、店長。お店のリサーチは二の次で。  こんなふうに休みが合ってデートできる機会が滅多にないから、今日だけは気分に浸らせて下さい。  膨れ上がる欲を自覚しつつ、私たちは駅に向かうバスに乗った。
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