恋人編

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56.仰せのままに 「大丈夫よ」  なのに、紫苑は。  この上なく甘く澄んだ声で、熱い吐息混じりに離したばかりの口唇を舐め上げる。 「ここ、個室だから。監視カメラも通路にしかついてない」  魔性の据わった、蕩けた瞳に捉えられる。私の葛藤を見透かしたように、かろうじて踏ん張っている理性のタガを、紫苑は外そうとする。 「……自分が何言ってるか分かってる?」  そこまで煽られて、その気ではなかったと解釈するのはそろそろ厳しくなっていた。  自制もこめて、低い声で私は最後の確認に移る。  だいぶ険しい顔で見つめていると思うんだけど、紫苑の表情に迷いはない。  変わらず、こちらを溶かさんとばかりに潤んだ瞳で薄く微笑んで。聞きたかった答えが絞り出される。 「せっちゃんと、いつか身体も結ばれたい。そのつもりで言ってる」 「そ、っか」 「せっちゃんはこういうの、あまり求めていない人だったりする? 苦手だったら無理やり迫っていることになっちゃうから、先に聞いておきたくて」 「まさか」  力いっぱい抱きしめる。私が君の初めてで嬉しいと喜びを行動と声に出すと、胸へと顔を擦り寄せられた。可愛い。  初めてっていっぱいいっぱいなのに、ちゃんと性的同意から入る紫苑は律儀な子だ。 「けど、私はそういった経験がないから。いきなりは絶対うまくいかないと思うし……だから、少しずつ慣らしていきたいと思う」  はっきり口に出されるととんでもない破壊力があるな。  爆発しそうな心臓の高鳴りがさっきから止まなくて、発作で倒れてもおかしくないレベルだ。私よく生きてると思う。  男女の場合でも慣れるまで半年かかった話聞くし、指に置き換わったって未開発じゃ痛いに決まっている。  女同士だって、時間を掛けて開発していく必要があるもんね。  本番まではしないとかなかなかこちらの理性を試してくる要求ではあるけど、パートナーとの営みは性欲の解消ではなくコミュニケーションだ。  お互いが満足できるように、歩み寄って愛を深めあっていく。紫苑とは、そういう関係であり続けたい。 「しーちゃんの気持ちは分かった。けど、こういうことはお互いの家でしよっか」  紫苑の肩を叩く。ここで寸止めってせっちゃんのドSと抗議の声が降ってきた。  いくらやってるカップルがいっぱいいても、しかるべき場所以外でするわけにはいかんのですわ。 「ここ、ベッド無いし背中痛くなるよ。防音も完全じゃないっぽいし、後始末をしっかりしてても匂いでバレたって話も聞くのでいろいろリスキーなのよ」 「なんでネカフェ初心者なのに詳しいの……」 「前に他の人からの体験談聞いたからね。未成年だとホテルは無理じゃん? だからネカフェでやる奴もそれなりにいるわけ」  一番の理由はローションも指ドームも家にあるからだけどね。  ここまで来て引くとか準備がなってないとか思われても仕方ないけど、ほんとに今日はそんなつもりじゃなかったから手間かけさせてすまん。  する以上はちゃんと万全の状態で臨みたいから許して。  詫びるように軽く唇を落とす。とりあえず昼食だけはここで済ませることにした。  するって前提にあるから意識しちゃって、あんまり味しなかったよ。  家族の不在時間的に、場所は紫苑の家ですることになった。  布団を敷いて、必要な道具を揃えて、なぜかお互い正座で向き直る。  しかし、本当に手を出していいのか。  同い年だって分かっていても、やっぱり紫苑は体つきも子供そのものだ。  ちっちゃいし細いで、同意の上であっても犯罪臭がやばい。  萎えてたりしない? と紫苑がおそるおそる尋ねてきて、返事の代わりに抱き寄せた。 「大丈夫、したい気持ちは変わってないから」 「……よかった。じゃあ、教えて?」 「仰せのままに」  耳元でささやいて、長いスカートの中に手を差し込んだ。  紫苑の内ももに指を這わせ、スローな動きでさする。押し殺している声を聞かせてほしくて、耳に息を吹きかけた。  途端ににゃうっと紫苑の声がふやけて、あっけなく膝が崩れ落ちた。感度の良さに、ぞくりと肩が震える。 「も、もうここからなの?」 「味見みたいなもんだよ」  本当に覚悟が決まってるか確かめたかったのもあるけどね。その瞬間までいかなきゃ分からないことだってあるし。  手のひらをぺたりと押し当て、時折指の腹で軽く圧迫してじわじわと高ぶらせていく。  しばらく腿を撫でて、肌がほの赤く染まってきた頃をみて責める場所を胸元へと移動させた。
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