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プロローグ
1.友達じゃダメ?
気づいたときには、私は黒川紫苑に繋がれていた。
それほどまでに強く、彼女の全てに惹かれていた。
童顔に似合わぬ鋭い目つきも、低い背丈も、甲高いアニメ声も、友達にだけ見せてくれるほぐれた表情も。
願わくばずっと一番の友達でいたいし、大人になったら一緒に暮らしたいと思ったのは紫苑が初めてだった。
「芹香は、その子と結婚したいほど好きなんだってことだよ」
年の離れた姉は、当時小5だった私に『初恋』を教えてくれた。
どうしたら紫苑と結婚できるか、私はもっとも身近な既婚者にも相談してみることにした。
「お母さん、私ついに結婚したくなった」
「Z世代の春って早いわねー」
「相手もその気にさせるにはどうしたらいい?」
娘の背伸びした質問に、親は『お金持ちになりなさい』と教えてくれた。
「愛と経済力があれば、大体の人は幸せにできるはずよ」
「わかった、将来の夢お金持ちにするね。で、どうしたらなれる?」
「まずは責任が取れる大人を目指しなさい。高収入の役職者は、自分以外の人の仕事も管理するという責任がある。結婚は、たくさんの責任と義務が発生するよね」
「ふむふむ」
「いつまでも下っ端に甘んじていては、お金は貯まらないしどんどん働き口は狭くなっていく。貧すれば鈍するになるわけ」
「なるほどですなー」
いいアドバイスが聞けた。
責任が取れる大人とは、リーダーシップがある人ということ。
リーダーとして尊敬される人は、勉強も運動もできてみんなとも仲良くできる人。
なれればきっと、紫苑は今より私を好きになってくれる。
私は勉強に加えて、部長や委員長を積極的に引き受けるように努めた。
「自分を磨くのも大事だけど、恋愛偏差値を高めるのも大事だよ」
ある日姉は、ひとつの漫画本をプレゼントしてくれた。
中身は女の子たちが惹かれ合って、特別な関係になっていく恋愛漫画。
読み終える頃には、私は頭まで沼に引きずり込まれていた。
片っ端からガールズラブ作品を浴びまくる中、やがてひとつの可能性に気づく。
多くの恋愛ものは、知人から友人へとステップを踏んで恋人へと発展する。
と、なるとそろそろ私もいけるんじゃないか?
私と紫苑は友達になって長い。
つまりは好きで繋がっている関係だ。
自分磨きも、ちょっとずつ成果が出ている。
だから今よりもっと仲良くなれるはず。
根拠のない自信ばかりがふくらんだ私は、中1になった頃に紫苑に告白した。
「……あ、ありがとう。私も好きだよ」
「マジか結婚しよ」
「は? なんで?」
いけね、つい求婚してしまった。
紫苑は私の一世一代の告白を『うちも愛してる~式場建てようぜ~』的な女子のノリだと思っているらしい。
そうじゃない、私はリアルガチのマジで言っているんだ。
肩をがっちり掴んで、本気の愛を伝える。
「私は女の子が好きで、その中で君がいちばん好き。どれくらい好きかって言うと、生涯の家族になりたいくらい好きってことなの」
「ごめん、中学生には重い。友達じゃダメ?」
で、あっけなく撃沈した。
失恋した気まずさから、中2にもなればLINEすらやらなくなっていた。
友人から恋人への階段を駆け上がるどころか、他人にまで転がり落ちていったのだ。
その頃に”LGBTQ+”なる性的マイノリティを授業で習ったことにより、私はようやく当たり前の事実に気づいた。
私が男子と恋をするのが無理なように。
異性愛者もまた、どんなに同性と仲が良くても異性としか結ばれることはできないということを。
諦めようと他の女とも付き合ってみたりしたけど、やっぱり紫苑が尊すぎてしんどいことには変わらなかった。
そのまま未練がましく高校まで追いかけてしまった。絶対キモがられているだろうな。
はあ、好き。今日も紫苑は最かわ。ジーザス創造してくれてありがとう。好き。
同じ空間で息を吸えるだけで奇跡だし、毎日が充実している。心の栄養と目の保養。
片思いどころか限界オタク化していた。
もちろん、鑑賞はするけど干渉はしない。
紫苑の平和のため、私は背景に徹する。
その、つもりだったんだけど。
高校生になってすぐの昼休み。
財布を忘れたため教室に戻ったところ、愛しい姿が目に入った。
誰かを待っている様子もなく、自分の席から中途半端に離れたところで紫苑は口を動かしている。
不思議に思って目で追うと、紫苑の席に椅子がなかった。
ああ、そういうことね。
席を外している途中に、誰かに使われてしまっていたらしい。
やがて諦めたように、肩を落とした紫苑がロッカーへと向かった。
椅子くらい、私もたまに使われる。よくあることだ。
だけど、私の足は紫苑の席に向かって動いていた。
好感度アップを狙ったわけじゃない。
会話する機会がほしかったわけでもない。
ただ、困った顔をしていたから。
あの頃の紫苑と重なったから見て見ぬふりはできなかっただけ。
それに私は、学級委員だ。
「あのさ、」
私は談笑中のグループに近づくと、大きく息を吸った。
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