雨女

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 彼女は、私をからかっているわけではないようだ。私はもう、彼女を家に連れ込もうなどとは考えていなかった。  ごく普通の女だと思ったが、虚言癖持ちの、かなり特殊な女だったようだ。それか父親にレイプされたというところは事実で、そのショックにより、一種の現実逃避としておかしな空想が芽生えたのかもしれない。いずれにしろ、酒により初めて本性が現れたということなのだろう。  ウェイトレスから、次の予約の客が来るんですが、と申し訳なさそうに言われたため私たちは席を立ち、会計を済ませた。私がお金を全て出すと、彼女は申し訳なさそうに、何度も、ごめんね、と謝ってきた。  店の外に出ると、 「今度は、あなたの家に行かせてね」  と、さっきまで狂ったような話をしていた女とは思えない、無邪気な笑顔を見せてきた。  ああ、晴れの時にまた誘うよ。彼女とはもう二度と会わないだろう。そう思いながらも、私はそう言った。  店の前でタクシーを待っている時、彼女が突然アッと言って、自分の右頬を触りながら空を見上げた。 「降ってきちゃった」  彼女はカバンから折り畳み傘を取り出し、私の方を見ながら、 「いつも必ず三本は持ち歩いてるんだ」  そう言ってそのうちの一本を、空に向けて広げた。  少し後、私の頭にも、雨粒が一滴落ちてきた。確かに、今日の夜から明日の昼にかけて雨の予報だったな、と私は思い出す。  やがてタクシーが止まり、彼女に一万円札を握らせて、一人で乗らせた。彼女は遠慮して、これは受け取れない、と言って何度も一万円札を返そうとしたが、結局は折れて受け取り、大人しく後部座席へと入っていった。 「またね」  彼女はそう言いながら、タクシーの中から手を振ってくる。扉が閉まる直前、彼女の右頬の辺りが一センチほどめくれかけているような気がした。あれはきっと見間違いだろう。  彼女を乗せたタクシーは、夜の街へと消えていった。
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