雨女

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 デザートの乗った皿はもう片付けられているが、私たちはそのテーブルに居座っている。もう店を出た方がいいかと思ったが、彼女はまだここを離れたくないような様子で、私も席を立つタイミングを見失っていた。  整理してもいい? 君の体は雨に濡れると体が崩れていって、一センチくらいの肉片になる。それで雨が止んで乾くと、少しずつ肉片がくっつき合って戻る。 「そう、その通りだよ。弱い雨じゃそこまでにはならなくて、皮膚がポロポロ溢れる程度だけどね。土砂降りだと、体全部がバラバラに細かくなるよ」  それは、お風呂とかプールとかではそうならないの? 「うん。雨じゃなきゃならないみたい」  今でもそうなの? 「たぶんね。しばらく雨に濡れてないから、わからないけど」  バラバラになっている時にも、意識はあるの? 私がそう聞くと、彼女の表情がパッと明るくなり、興奮した様子で喋り出す。 「バラバラになってる時はね、凄く心地がいいの。肉片になって散らばって、土砂降りの雨に打たれながら、不安とか怖いって気持ちは全然なくて、寒さも別に感じなくて、ふわふわした感覚で気持ちよくなっていく。頭が冴えてるのか、朦朧としているのかわからずに、ただその時の思考に頭の中を委ねる感じ。宇宙のことを考えたり、生命の誕生ってどんななんだろうって考えたり、思いついたことを思いついたまま、頭の中でバーッと広げてく。サウナの後に、外ですっ裸で寝そべってボーッとしてる感じに近い気もするし、それか、やったことはないけど、何か薬物を摂取した時の精神状態にも似てるかもしれない。あとは、これはお母さんのお腹の中にいる時の感覚かもって思ったりもした。何かに例えようと思ってもなかなか難しいんだけど、とにかく味わったことのない感覚で、そのうちに時間の感覚もなくなって、自分が今どこで何をしているのかもわからなくなって、私はずっとこの状態でいられたらいいのにって思ってた。でも、雨が止んで体が乾いていくと、少しずつ肉片がくっつき合って、私は元通りになる」  彼女はもう、私に向けてというより、自分自身に言い聞かせるようにして、独り言のように喋っている。 「私は初めて雨に濡れてボロボロになったその日から、それこそ薬物中毒者みたいに、もう一度あの感覚を味わいたいって思って、雨をもの凄く待ち望むようになった。弱い雨だと表面の皮膚がめくれる程度で終わっちゃうから土砂降りじゃなきゃ駄目で、あと学校がある日に授業を放ったらかすわけにはいけないから休日でないと駄目で、なかなか大雨を浴びれる日は少なかった。たまに休みの日と大雨が被る時、大喜びで外へ出かけた。私はだから、一年の中で一番梅雨の時期が好きだったな。大きい傘をさしながら歩いて、ひと気のないとこまで来たら、傘はその辺に投げ捨てて雨を浴びて、肉体をボロボロにさせる。大雨の日に必ずいなくなるし、雨が止まない日はなかなか体も戻らないから、帰りが遅くなったりもして、お母さんは凄く心配してたみたいだけど、なんとか誤魔化して、雨で体がボロボロになるって体質のことは誰にも言わずに、休日に大雨を浴びるってことを何よりも優先させながら生活してた」  今でもそんな生活をしてるの? 「ううん。もう十年も、大雨は浴びてないよ」  どうして? 「私って、自分で言うのもなんだけど、顔は可愛いし、おっぱいもでかくて色気があるでしょ?」  そうだね。 「だからだろうね。ちょうど十年前、私が十五歳の時、お父さんからレイプされたの」
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