雨女

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 デザートを食べ終えたところで、付き合って一ヶ月記念だからと言いネックレスを渡すと、彼女は子どものように目を輝かせながらそれを受け取った。 「私、こんな綺麗なネックスを貰ったの初めて。これからあなたに会う時は、必ずつけていくね」  今年で二十五歳になるいい大人とは思えないほど、無邪気な反応だった。  ほとんど家を出ないで済む仕事をしているからか、いつもの彼女の肌は異様なくらいに白い。ただ今日は、アルコールによって両頬にほんのりと赤みがさしている。反応は子どものようだが、頬が赤く染まり、皮脂で少し艶が出ている彼女の顔は、妙に色っぽかった。  彼女とはマッチングアプリで知り合った。出会ってから、まだお互いの家に泊まったり、ホテルへ行ったりしたことはなく、ほとんど触れてさえいない。そのため私は、今日は最初から彼女を家へ誘ってみるつもりだった。  これから、私の家で飲み直さないか? 「こんなにお洒落なお店へ連れて来てくれてありがとう。こういうところ、来たことないから緊張したけど、料理もお酒もおいしかった」  喜んでいるようだが、質問の答えにはなっていなかった。ちゃんと聞こえていなかったのかと思い、もう一度、今度は少し遠慮がちに誘ってみる。  喜んでもらえたみたいでよかった。この後は、どうする? 「ごめん」  今日は、もう帰る? 「そうする。そろそろ、雨が降りそうだから」  雨? 「うん。雨の日はね、私、外に出ないようにしてるから」  どうして? 「体がね、ボロボロになるから」  雨で、皮膚が荒れるってこと? 「ううん。皮膚どころか、髪の毛も、目玉も、骨も、内臓も、全部がボロボロになって、一センチくらいのカケラになって、私は地面に散らばるの」  彼女が笑ったので、意味不明な笑えない冗談だと思いつつ私も笑顔を作った。そういえば彼女と一緒に酒を飲んだのは初めてだが、あまり酒癖が良くないのかもしれない。いい感じにアルコールが体内を回った頃なのか、少し様子がいつもと違うようだった。 「あなたは、雨で体がずぶ濡れになったことはある? ちょっと濡れる程度じゃなくて、髪もびしょびしょになって、着ている服にも色が変わるくらいに水が染み込んで体が凄く重たくなって、靴も靴下もぐちょぐちょになるようなことって、実はこれまでの人生で、そんなにないでしょう?」  学生時代には、傘を忘れて濡れながら帰ったことが何度かあると思うけど、言われてみると、そこまでずぶ濡れになることってないね。 「そうだよね。あんまりないよね。私はね、自分が初めてずぶ濡れになった時のこと、覚えてる。五歳の頃だった」  普段の彼女は、あまり自分の話しを積極的にするようなことはなかった。やはりアルコールの影響で、饒舌になっているのかもしれない。 「今はもう死んじゃったんだけど、私が小さい頃、ペルっていう雑種の犬を飼っててね。家の中で飼ってたんだけど、少し認知症が始まったおじいちゃんが家の扉を開けっぱなしにしてたせいで、外へ逃げたの。エサも毎日あげて、凄い可愛がってたのに、もの凄い勢いで、私たちの家から走って遠ざかっていった。それを見て私は、車に轢かれるんじゃないかって心配になって、すぐに追いかけた」  その時に、雨が降ってたんだね? 「うん。確か大雨警報が出てたと思うけど、傘も持たずに、カッパも着ずに、私は飛び出してた。でも、もの凄い土砂降りで、視界も悪かったから、ペルのことはすぐに見失っちゃった。どうしようかと思って立ち尽くしている時に、自分の体の異変に気づいたの。それ以前にも、雨粒があたった皮膚のところが、ちょうど日焼け跡がペリってめくれるみたいに剥がれたことが何度かあって、お母さんが、あなたはきっと皮膚が弱いからそうなるの、もう少し大きくなれば治るわ、って言ってたから気にしてなかったんだけど、その時は明らかに異常だった。泥人形みたいに、ボロボロに自分の体が崩れていったの。雨に濡れた箇所が細かく、細かく崩れていって、私の肉片は、ジグソーパズルのピースみたいにそこら中に散らばってた」  何を言ってるんだこいつは、と口には出さないが、内心ではそう思った。彼女は冗談を言っているふうには見えず、本当に自分のただの思い出話をしている感じである。少し、恐ろしくなってきた。  でも君は、今私の目の前にいるじゃないか、と私は言い、無理して、はは、と笑ってみた。  彼女は笑わなかった。 「雨が止んだから、戻ったんだよ」  真面目な顔で、それが当然だとばかりに、そう言った。 「自分の体がどういうふうに戻っていくのかって、自分でもよくわからないんだけど、たぶん私のカケラ一つ一つが、磁石みたいにくっつきあって、ゆっくりと元の体の状態に戻るんだと思う。その日も気づいたら、雨が止んだ空の下で、裸で寝ていたの。服や下着はボロボロにはならないから、すぐ近くに、脱ぎ捨ててあるみたいにビチョビチョの状態で置いてあった。でね、嬉しかったのがね」 「ペルが、私のそばにいたの。たぶん匂いで気づいて、バラバラになった私をずっと心配してくれてたんだろうね。私が起き上がると、嬉しそうに顔をペロペロ舐めてきて、その時私は、ペルは興奮して外に飛び出しちゃっただけで、別に私から逃げようとしてたわけじゃないんだって思って、ちょっと泣いちゃったんだ」
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