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ロンドン塔の少女
桟橋に繋いだボートの影が水底に落ち、まるで宙に浮いているかのように見えた。太陽を反射して光る海面は、深いブルーと淡いコバルトが混在している。印象画家の筆先が作り出したマーブルのように。
山々に囲まれた内海には人の姿も、水面を走るヨットの影も無く、浜辺にぽつんと公衆電話が立っているだけだった。街から離れたビーチは閑散として、観光客の姿さえ見られなかった。
門井旬は砂浜に寝そべり、眩しい太陽を見つめた。都会からこの田舎町に引っ越してきたのは半年前の事だった。これまで住んでいた街とは違い、牧歌的な田園風景が広がり、海や山などの大自然に囲まれていた。忙しない都会とは正反対に、ここではゆっくりとした時間が流れていた。人々の歩く速さまでもが、のんびりとしているかのように。
背後には緑が生い茂る山があり、その頂上に洋館らしき建物が見えた。そこは“ロンドン塔”と呼ばれる建物で、地元の子供達から恐れられている場所だった。噂では、少女の幽霊が出るとか、殺人鬼が住んでいるとか、そんな話が実しやかに流れていた。
梅雨が明け、学校は夏休みに突入していた。両親は朝から仕事に出ており、旬は海で時間を潰すばかりで退屈な日々が続いていた。前に住んでいた街では廃墟を訪れたり、心霊スポットに出かけたりした事もあった。だから、あの洋館を探検するのも良い暇つぶしになると思った。
旬は立ち上がり、尻に付いた砂を払った。マーブルの海面には、蒸気のような蜃気楼が揺れていた。
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