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今は会えないね
こんにちは お母さん、お元気ですか。ぼくは元気です。お母さんはとおくでおしごとしているって先生が言っていました。
ぼくはひばりの家から毎日学校に行っています。
先生たちはみんなやさしいです。
ひばりの家のごはんは少し少ないけれど、給食があるから大丈夫です。
お母さんはたくさんごはんを食べられているといいな。おなかがすくと何だかおなかに力が入らなくなっちゃうから。そうするとなんだかかなしくなっちゃうから。
ぼくはおかあさんにあえるまでなかないで待っています。
おかあさんもおしごとがんばってはやくかえってきてね。
まこと
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前略。お元気でしょうか。誠君は毎日元気に小学校に通っています。流石にお母様の事は正直には言えないので遠くで働いていることになっていますけれど。
もし、刑務所から出られる日が分かったら教えてください。
敬具
ひばりの家 園長 西園寺 京子
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こんにちは。まこと。がんばって学校にもいっていてえらいわね。
お母さんはまだお仕事がおわりそうにありません。
先生方の言う事を良く聞いて元気で学校にかよってくださいね。
お母さん
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こんにちは。誠。あなたももう中学生なのね。身長も伸びたでしょうね。
この前のお手紙と一緒に園長先生が写真を持ってきて見せてくれました。
身長も伸びたのでしょうね。お母さんはまだあなたの所へ行くことはできません。
もう少し、もう少しだけ待っていてくれるでしょうか。
なかなか会いに行かれない事を許してください。
お母さん
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前略
刑務所の方は出られたと聞きました。誠君は大層心待ちに待っております。
刑務所を出るときには知らせてほしいと以前にも書きましたが今はどちらにいらっしゃるのでしょう。
誠君はこの春、高校を卒業します。ひばりの家も出なければなりません。
どうか一緒に暮らしてはいかがでしょうか?御一考くださいませ。
敬具
ひばりの家 園長 西園寺 京子
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こんにちは。母さん。僕はもう高校を卒業することになりました。高校を卒業するとひばりの家もでなければなりません。
母さんとまだ一緒に暮らせないのだと園長先生から聞きました。
残念でなりませんが、僕はこれから仕事をしながらお母さんを待っています。
ひばりの家の園長先生が近所の工場の住み込みの仕事を探してくださいました。
この手紙は弁護士さんが母さんに渡してくれるという事ですね。
それでは、お体にお気をつけて。待っています。
誠
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あぁ、誠。お母さんはやっとあなたの元へ行かれることになりました。
でも、住み込みで働いているとのこと。その工場の近くにアパートを借りましたので、遊びに来てくれればと思います。
とても長い間待たせてしまって、本当にごめんなさい。
これまでの事も誠にきちんと話したいのです。
お待ちしております
母より
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10年前。岸本 敦子は夫の暴力から誠を守る為、夫を殺害してしまった。
日常的な暴力があったため、敦子は綿密に計画を練って、夫が酒に酔って帰宅後、風呂に入っていた時、風呂の中に夫を沈めて、静かになるまで抑えていた。もう死んだかと思い、手を離すと夫は息を吹き返してすごい剣幕で敦子を追って来た。しかし、踵を返すと、寝ている誠の部屋に入っていき、誠を蹴り始めた。
敦子は誠をかばいながら、これも前もって用意しておいた灯油を夫の足元に撒き、マッチを投げて火をつけた。
敦子は誠を抱いて、そのまま部屋を出たが、酒に酔っていた夫はそのまま煙に巻かれ、火に焼かれ今度こそ死亡した。
ただその時、運悪く乾燥した冬の時期だったため、木造のアパートが勢い良く燃えだし、隣のお年寄りのご夫婦と、その時預かっていたまだ幼稚園のお孫さんが亡くなってしまったのだ。
裁判では、日常的な暴力にあっていたことを考慮に入れても、計画的な殺人を犯した上に、関係のない第三者3名を死に至らしめた事で、情状酌量はつけられないと判断し、懲役7年の刑を申し渡した。
岸本敦子は刑務所の中でも模範的であった。そして、息子の誠が中学校を卒業する年には刑務所から出所した。
しかし、隣で亡くなったまだ幼稚園児だった方の親御さんに何としてもお詫びをしてからではないと自分が幸せになることは許されないと思い、住所を探し当て、お詫びに言った。
最初はそれこそ会ってもくれなかったご夫婦だったが、敦子が、自分の子供にも会いに行かずに謝りに来ていると知った3年目に、もう許すから。息子さんと一緒に幸せになってほしい。と言って貰えた。
そこでようやく、息子の職場の近くにアパートを借りた。そこの住所で敦子は息子に手紙を書いて、息子が訪ねてくれる日を待っていた。
ところが何日待っても息子は会いに来てくれはしない。
もう、見放されてしまったのかと嘆く敦子の元に、ひばりの家の園長が訪ねてくる。
あの母からの手紙を貰うと、誠はすぐに園長に見せに行き、お母さんの好きなものを買って持って行くんだ。と工場が終ると一目散に買い物に行ったと言う。その時、運悪く青信号を渡っていた誠を右折したトラックが巻き込み、今、誠は入院中だと言われた。命に別状はないが結構な大けがでリハビリが相当必要だという事だった。
敦子は大急ぎで教えてもらった病院へ急いだ。そして、ベッドの上のとても大きく成長した誠と再会を果たした。
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あぁ、母さん?母さんだよね。あのね、母さんから聞くべき事情は学校の口さがない友達がみんな教えてくれたよ。だけど、母さんはあの頃僕をお父さんの暴力から守るのに必死だったんだ。僕はよく覚えているよ。
父さんから僕を守るときの母さんの背中を。
今さ、僕、こんなにポンコツになっちゃって、これからリハビリが必要なんだ。工場の方も仕事以外での事故だからお金は出してくれないって言うし、仕事は首になっちゃった。今は手も動かせないし、足も片方切断されちゃったし。
ただ、トラックの運転手さんが、治療費やら慰謝料やらをちゃんとくれるって言うから治るまでのお金の心配はないんだ。
母さんさえよかったら、退院したらまた小学校の時みたいに母さんの世話になって、一緒に暮らしてもいいかな。
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誠、あぁ、誠。こんなに大きな怪我をしてしまって。
勿論だよ。母さんと一緒に暮らして、リハビリを頑張るんだよ。
退院できるようになるまで、毎日母さん、仕事の後に寄るから。
あぁ、そうさ。刑務所の方で仕事を見つけてくれてね。今はそこでちゃんと働いているから、誠が来たって大丈夫だよ。治療費ももらえるのならしっかり治さないといけないね。
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敦子と、誠は、お互いに言うべきことを言った後声を揃えて言った。
「これからもよろしく。」
そして、二人で鳴きながら肩を抱き合ってしばらくは泣いていた。
【了】
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