よろしく、よろしく。

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 ***  話はこれだけ?と思うかもしれない。この後私は特に何が起きるでもなく、無事に卒園したのだから。ゆえに四十五歳になった今の今まで、こんな奇妙な幼稚園時代のことはすっかり忘れていたのである。私の子供達は幼稚園ではなく保育園に入れることにしたものだから、余計思い出さなかったというのもある。  それなのに、急にあなたにこんな話をするのは――最近とんでもないニュースを見たから。  私が通っていたその幼稚園は、結局何年かした後に経営難となったのか潰れてしまったわけだが。暫くは建物も土地も買い手がつかず、ほったらかしになっていたのである。多分駅から遠くて不便な場所だったからだろう。  ところが最近、そこに工場の倉庫を作るだとかで土地を買った企業があり、整備のため建物を壊して更地にしたそうなのだが。  出て来たそうだ。  私達が“おいも畑”だと思っていた場所の地面から――たくさんの骨が。  それも、人間の足の骨ばかり。  もうお分かりだろう。私達はおいもだと教えられるまま、切断された人間の足を埋める作業を手伝わされていたのである。  恐ろしいことに、幼稚園の敷地からは人間の足の骨以外の部分が出てこなかった。足以外のところは、どこに行ってしまったのか。私が“幼稚園から追い出された”“クビになった”と思っていた先生や子供達は、恐らく――。  それから、園長先生のこと。  今から思い出すと、彼女には決定的におかしなところがあった。彼女にまつわるルールに“真正面以外から話しかけてはいけない”というものがあったが。そもそも私は、彼女の“真正面からの顔”以外を一切見たことがない。後ろ姿も、横から見た姿もだ。彼女は不自然なほど、いつも私達に“体の正面”ばかりを向けていて、貼り付けたようにニコニコと笑っていた。  ひょっとしたら、と今になって思ってしまうのだ。ひょっとしたら彼女には“真正面から見た姿”以外が存在していなかったのではないか、ということ。  そんな存在が、人間であるはずがない。  そして、園長先生の長ったらしい話の内容。当時は聞き流していたが、確かこんなことを言っていたように思うのである。 『みんな、毎日美味しそうなお肉をしているわね。とっても可愛いわ』  一歩何かが違えば、私もそうなっていたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。私達は一体“ナニ”に対して、毎日「よろしくお願いします」と命を預けてしまっていたのだろうか。  ああ、恐ろしいと言えばもう一つ。  江口さん。あなたのお子さんが通っている、幼稚園の園長先生。  あのおばあちゃん、見覚えがある顔な気がするのだけれど、気のせいだろうか。  私があの幼稚園を卒園してから、もう四十年近く経つのだけれど。
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