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お願いします。
お願いします。
雨の神様。
どうかお願いします。
雨を降らせてください。
雨を降らせて、どうか、どうか私を、救ってください。
「お体の具合はいかがでございますか」
鉄格子の小窓が開けられて、ロウソクの光が目に映る。
一日に三回以上運ばれてくる多すぎる食事と、苦くて不味い栄養ドリンク(と呼ばれている液体)が、苦痛で仕方がない。
でも、食べないと怒られる。
「あなた様のお力が薄れてしまっておりますのは、きっとご体調が悪いせいにございます。どうか、どうか辛抱なさってくだされ。そして回復なさった暁には、どうか、どうかもう一度、我らの村に雨を降らせてくださいまし」
そう言って、小窓は閉められた。
真っ暗闇が、また訪れる。
目が慣れるまで、食事の盆がどこにあるかも分からない。
まあ食べたくはないのだけれど。
太陽の光を浴びることは、雨神様の使いと言われる私には、とても毒な行為であるらしい。
だから私はこうして、洞穴のような牢獄に閉じ込められている。
どうして私がこんなところにいるのか。
私がここ数年、ある嘘を吐き続けているからだ。
それは、自分が雨女である、ということだ。
ただの雨女じゃない。
天性の、神がかった雨女だ。
正確には先ほども言った、"雨神様の使い"であると、嘘を吐いているのだ。
これまでの人生、確かに天候には恵まれてこなかった。
体育祭の日に快晴だったことはないし、私が参加する種目が始まると雨が降り出した。
テーマパークに行く日や、旅行へ出かける日も、高確率で雨だった。
梅雨に遠出を計画し、雨を仕方のない要素として考えようとしたときも、その日に限って台風が直撃する始末。
完全に、晴れの神に見放されていると思っていた。
私が、雨女であることは確かだった。
だけど、私が雨を望んだわけではない。
私の願いを聞き入れて、神が雨を降らせたわけではない。
だから、
『どうか、どうかわしらの村を救ってくだされ!』
そんなことを言われても、とてもじゃないけど期待に応えられる気がしなかった。
迷ってしまったからって、こんな集落に足を踏み入れたのが運の尽きだった。
いや、そもそもこれまでの経験で、自分が雨女であることを自覚していたなら、『山奥の自然を堪能しましょう』なんて謳い文句の卒業旅行になんて、参加してはいけなかった。
案の定私が山に入った途端に雨が降り、視界が悪くなって友人たちと離れ離れになり、一人ぼっちで遭難してしまった。
数時間歩き回って、やっと見つけた村の周辺が、やけにカンカン照りだったことも、不思議に思うべきだった。
でもその時は、遂に神様は私を不憫に思って雨雲を蹴散らしてくれたのだと、信じて疑わなかった。
遭難した私を快く受け入れてくれたご夫婦に、世間話程度で天候に恵まれない話をしたのも良くなかった。
さらには、
『もしかしたら私がインドアでめんどくさがりの性格だから、神様が心の底の願いを聞き入れて雨にしてくれていたのかもしれませんね』
なんて、雨女であることを前向きに考えた発言なんて、してはいけなかった。
もっと言えば、
『試しに、雨を願ってみてはくれないかい? この村はもう数か月も日照り続きで、困っていたんだ』
なんて言葉に、面白半分で了承したのも悪かった。
偶然だ。
それは絶対に偶然だった。
私が外に出て、テキトーに目についた祠に二礼二拍手をし、
『雨よ降れー、雨よ降れ』
と、ふざけながら唱えた直後、雨がぽつりぽつりと降り出した。
その瞬間、村人の私を見る目が変わった。
みんな、これ以上ないってくらい、とても優しくなった。
今思えば、気味が悪いくらいだった。
私は、なんだかんだとこの村に引き止められてしまった。
それに、何度も山を出ようと別れを告げても、どうしてかまたこの村に戻ってきてしまった。
村人は落胆する私を慰め、無償で家に泊め、食事も振舞ってくれた。
家に帰れず途方に暮れていた私は、村人たちの気遣いに心の底から感謝していた。
だから、何度も雨を降らせた。
降らせたように見せかけた。
幸い、連続で私の雨乞いは成功したのだ。
何の根拠もないそれらしい行動を取れば、二日以内には振ってきた。
村人はその度に私に豪華な料理を用意した。
私も、村人が喜んでくれるのが嬉しかったけど、本気で私の雨乞いのおかげだと思っているなんて微塵も思わなかった。
だから、騙している自覚なんてさらさらなかった。
回数を重ねるにつれて、雨乞いから実際に雨が降るまでの期間が長くなってきた。
別に私はそれを悲観しなかった。
だって、そもそもそれまでの全てが偶然で、私のおかげなんかではなく、神様の気まぐれだと割り切っていたから。
でも、村人は違った。
再び日照りが続いく日々に嘆き悲しみ、私への奉仕が足りなかったのかと、狂ったように私を甘やかした。
それでも雨が降らなかったから、今度は私が病気であると思い込んだ。
雨の神にとって、太陽は毒。
そう結論付けられ、私は療養のために洞穴へと閉じ込められたと言う訳。
今更私が何を言っても、村人はきっと信じない。
私は数回、それも連続で奇跡を起こしてしまっている。
それに、信じてもらったところで、無事に返してくれるか分からない。
自分たちを騙してタダ飯を食い、寝床を確保していた私を、彼らはきっと許してくれない。
「早く……雨降ってくれないかなあ」
まだ目が慣れず、暗闇を見つめたまま私は呟いた。
雨が降ったら、きっと彼らがここから私を出してくれる。
そしたら今度こそこの村を出て行こう。
もしこの村に逆戻りしたとしても、決して再び足を踏み入れる事はしない。
意地でも外へ出て、今まで通りただの雨女として生活してやる。
やっと目が慣れてきて、盛りに盛られた白米のお椀を持ち上げたその時。
突然大きな音と地響きがして、目が眩むような光が頭上から降り注いだ。
がらがらと岩が崩れ、周囲に欠片が落下してくる。
だが、不思議なことに、ひとつも私の体には当たらない。
「よお。束の間の人間体験は楽しかったか?」
数年ぶりに浴びた暴力的な光量に、目を開けられずにいたが、不意にそんな声が聞こえてきた。
ゆっくりと見上げると、眩しい太陽を背にして、誰かが上から見下ろしている。
「お前、馬鹿だろ。新しい生活を堪能したいなら、比較できるように元の自分も覚えとけよな」
顔は見えないけれど、声には聞き覚えがある。
「ていうか、早速ホームシックじゃねえか。にしても仮想世界に逃げ込むなんて誰が思いつくかっての」
逆光で隠れたその顔に、心底馬鹿にしたような笑みが浮かべられた気がした。
全く誰だか思い出せないその人は、私に手を差し伸べる。
「早く戻ってこい。俺もいい加減、雨神でいるのは疲れちまった。慣れねえことはするもんじゃないな」
なんだかよく分からないけれど、とりあえず詳しく聞き出すのは、この村を出てからにしよう。
そう思った私が外に出た瞬間、バケツをひっくり返したかのような雨が降り注いだ。
さぞ村人たちは喜んでいるだろうと思って、辺りを見渡すと、そこは酷く荒れた、ただの廃村が広がっているだけだった。
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