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〝GZ〟というサプリメントは〝フォーク〟の味覚障害を一時的に緩和する。というのが売り文句だった。
ここで、疑問がでてくる。
後天的に味覚障害となる、ようは〝ケーキ〟以外の味が判らなくなるという〝フォーク〟の味覚を一時的にでも治すというサプリメントの成分はなんなのか?
販売製造元はどこなのか?
数年前から医薬品として発売されている薬とどう違うのか?
なぜ違法薬物指定となったのか?
答えは明確。
〝GZ〟という薬物は今まで警察の目が届かない場所で取引をされていたが、夏に大きなニュースとなった殺人事件の捜査のなかで実物が押収されたのがキッカケとなった。
「それで、どうするんだ?」
「どうしようもありませんね」
押収され、成分鑑定までされては誤魔化しようがない。
〝GZ〟の成分は、粉末状の人骨、LSD、医療味覚障害薬に酷似した成分、そのほか添加物。全体の六割は人骨だったという。
「言えませんよねぇ。〝ケーキ〟の骨を砕き、少量の薬物と一緒に粉末にしたものだな」
男二人。
酒とタバコを嗜みながら一人は嗤い、一人は嗤わない。
「ミイラを薬にしたのと似てるのかねぇ」
「まぁ、〝GZ〟の方がちゃんと薬として機能していそうですけどね」
「たしかに」
男はニヒルに笑い、もう一人は笑わなかった。
「しかし、貴方が〝ケーキ〟を連れてきたのには驚きました。たしか部下でしたよね。
彼」
「あぁ、ちぃと知りすぎちまった憐れな仔羊だ」
【肉屋】と呼ばれる店は確かに存在する。
〝#スプーン〟の投稿で一時有名になった公園から程近く、繁華街から距離があり、下町風情のある並びからも一本外れた場所にひっそりとOPNEと書かれた札が掛けられている赤黒いドアが入り口だ。
まるで血を塗りたくって半日たったような色と云われていて、寂れた通りでも異質さを放っているドアを入ればカウンターがあり、バーテン姿の男達が数人控えてグラスを磨いている。奥には飲食用の個室があり、その目の前にはショーウインドウが設置され、この店の商品が美しく並ぶ。
「アングラとはいえ、声が漏れないもんだな」
「元々は映画館だったから防音性があった所を更に防音工事したそうだ。とはいえ、防音
をする必要があるのかは謎だがね」
男たちはショーウインドウの中を無表情に見た。
商品に負担がかからないように、緻密に計算された棚とクッション。
価格は時価。
「まぁ、商品よりも客の声対策じゃないのか?」
「あぁ、そうかもしれません」
ショーウインドウの中で、虚ろな瞳で虚空を見つめ、少し開いた唇で呼吸している生きた人間が陳列されている。
スポットライトで照らし出された姿は、栄養と水分を体内にいれるための管と、自動排泄を促すための管に繋がれ、一糸纏わず納まってる姿は美しい。
「しかし、初っぱなから手足もぐのか?」
「この商品は元々入荷したら購入したいというお客様がいらっしゃったので、このような姿のようです」
購入者リストを確認しながら男が答えれば、そうかい。ともう一人の男が納得した。
「大変だなぁ、兄も殺されて自分もこの店で生きながら喰われるのを待つのか」
肩から先と、股関節から下が切り取られた男を眺めて嗤う。
「……その方、私は管轄していませんが少し前に警察が関わった方ですよね? 色々気をつけて頂かないと困りますよ。情報を全て握り潰せるわけではないのですから」
「探偵職も一時的に外部と連絡をとらないことだってある。数ヶ月時間をおく間に色々させて貰うさ」
「〝ケーキ〟を雇って、売り物にするのはいいですがいつかバレますよ」
バレやしないさ。と男は嗤う。
互いの紫煙が交差して揺らめいて換気口に吸い込まれていく。
「今日はヤっていくのか?」
「いつもヤっているみたいに言わないでください。僕はここの視察をするだけですのでキレイな身体です」
おどけたように言う男が紫煙をもう一人の男の顔に吹き掛ければ、心底不愉快そうに煙を脇に挟んでいたバインダーで払う。
一貫して動かなかった男の表情を歪めさせた事を楽しんだ男は、ショーウインドウの並びにあるドアを指差した。
「今日も確認するんだろ?〝商品〟を」
「まぁ、柔らかい〝肉〟をご希望のお客様がいるらしいですからね」
心底不愉快そうな男は、バインダーを確認してさらに柳眉をひそめた。
「僕、本当にこんなことをするために警察に入ったわけではないんですけどね」
ゆるやかに、心の柔らかいところから侵食するように、違法や異常は日常の裏で渦巻いて、男の正義を侵していく──。
──完結──
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