ブラッド×ホイップ ──狂気な関係。

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 視界を失くすと聴力や触覚が敏感になると聞いたことはあったが、平和と言われる日本で実体験するとは夢にも思わないだろう。 「椿くんは、今まで自分が食べられるかもしれないなんて思ったこと無いだろうなぁ。〝ケーキ〟だと認識していない人も多いから」  テンションが高いのか、明るい男の声が聞こえる。  助けてもらえないのだろうかという淡い希望は、興奮なのか荒い呼吸のまま一人で話続けている声を聞いて潰えた。  どうすることもできない八乙女の脳ミソが揺れ、頬と首が痛むなんて生易しいものではなく、熱くジンジンとした鈍痛がする。 「ぅんぇ?!」 「あぁ、寝ているのかと思って。よかった起きていたね」  心底嬉しそうな声に背筋が凍りつく。  座らされている椅子は金属で冷たく硬い。 そして座面はなぜか網目のようになっているらしく尻と太ももが痛くなってきている。 「さぁ、始めようか。下準備の時間だ」  地獄は、始まりを告げた。  ゆっくり、しっとりと肉付きを確かめるためだと全身を撫でられる感覚がくすぐったい。  異様につるりとした手のひらはたぶんゴム手袋をしているのだろうと思う。現実から逃避するために何かに意識を集中することしかできない。 「きいている?」 「んっ、むぅ……っ!」  男の言葉に適度に相槌を打たないとペニスを握られ、握りつぶされそうになるか、引きちぎれるのではないかと思うほど引っ張られる。 「ん、やっぱり良い声で啼くねぇ」  男が異常な性癖を持っているのは判ったが、繰り返し言われる下準備とはどういうことなのか判らない。 「何年前だったかな。とある有名なファストフード店で提供されるチキンを卸す業者が、鶏を壁や床に叩きつけたりしてたってニュース知ってる? 若いから知らないかな。なんで壁や床に叩きつけたのかって聞かれたときに、ストレスを与えた方が肉が柔らかく、旨くなるからだってその会社が答えたのが印象的でね。僕は自分で自分の食べるものを美味しくするのが夢だった」  ひぅっ、と八乙女の喉が鳴る。これから何をされるのか予想できてしまった。 「〝ケーキ〟の椿くんは痛みが判るだろう? どんな味がするんだろうね」 「んぃ、ぅっぅぅう!」  べろりと首筋に熱くて柔らかくぬるりとした何かが這ったと思った瞬間、電流が流れるような感覚がして意識が一瞬飛んだ。 「あぁ、もしかして痛いの好き?」 「んぶっ、うぅぅぅう」  おもいっきり首を横に振るのも面白いのか笑い声が響く。 「えぇ? 嫌いなの? そんなはずがないだろう。ほらもう一発」 「──っァあ!」  目が見えない状態で痛みがどこから感じているのか判らないまま、波のように押し寄せては男の笑い声で耳が痛む。腹を殴られすぎて吐きそうになったモノを無理やり水で流し込まれて、また殴られ、吐いたら罰則だと足に電流を流される。 「次はなにをしようか。お腹は結構殴ったからもう内出血で色が汚くなってきたし……。骨は折らない契約だし……爪でも剥ぐ? 上手にできるかなぁ」  一枚、二枚と剥がされる爪の痛みもあり意識が混濁し、もう首をあげていることすらむずかしい。  ただ、意味を成さない声だけが口から漏れる。 「あぁ、ほらダメだろう? きちんと起きていないと。そんなんじゃまた罰則だよ」  罰則という言葉に反応してなんとか首を上げれば、いいこだね。と頬を撫でられ、猫なで声で褒められる。 「あぁ、いいこだ、いいこ。僕の息子も椿くんのようにいいこだったらよかったなぁ」  いいこだね。と囁きながら八乙女の髪を掴んで椅子の背もたれに殴り付けて笑う男に、狂気しか感じない。 「いいかんじにぼろぼろだけど意識あるだろう?なんなら、まだ俺から逃げたいと思っているだろうし……」  たとえ意識がなくても関係ないのだろう。愉しそうな声が耳障りなほど恐怖を与えてくる。見えないために、なにをされても視認できない恐怖、言葉の暴力、いっそ殺せと思うような拷問めいた肉体への暴力が続く。 「んん、そうだなぁ。爪も全部剥いだからなぁ」  カチャリと金属音が耳元でしたと同時に口を塞ぐ重みが無くなるのを感じた。 「猿轡をはずしてあげよう。無駄なお喋りはダメだよ」  口のなかに溜まっていた血が溢れ出る。  酸素を求めて空気を吸い込もうとして咳き込めば、苦しくて、苦しくて、目玉が破裂しそうなほど熱くなり、全身の皮膚を剥ぎ、熱湯を浴びせられるように痛くて、自分で舌を噛みきってしまいたい、と思う。 「あぁ、ほらだめじゃないか。そんなに急に呼吸しても肺が伴わないよ」  ぞろりと喉が鳴る。普通に呼吸をしたいのに、できない。 「──、ぁ」 「発言の許可を出した覚えはない。必要の無い歯を抜いたら多少静かになるか?」  メリッと拳で前歯を折るように殴られ、痛みと熱さで冷や汗が止まらず、ガタガタと身体が震え口のなかで溢れる鉄の味に気が狂いそうで、死ねそうなほど殴られているのになんで死ねないのか判らない。  リラックスできるはずの曲が、自分の精神を奈落に突き落とす不協和音になっていた。
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