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──血を塗りたくったようなドアを開ければ、その先は悪魔の祝福を受ける場所だ。
なんて、恐ろしげに言われたがようは隠れ家のような店なのだろう、と自分に言い聞か
せて飲み屋街や喫茶店から近い、薄暗いを通り越し現代の日本では見かけないほど暗い夜
闇のなかを歩くがスマホのライトを使っても心許ない。
「……あった」
OPENと書かれた小さなタグが掛かったドアノブを、スマホのライトで照らし確認し
たドアをちらりと照らしてみるとたしかに赤い、というか、茶褐色と黒と、赤が混じって
いる。
怖い。聞いていたより怖い。昼間でも絶対開けたくないドアだ。
「でも、ここで高額バイトがあるって話だったし……」
開けようか、開けまいか、と悩んだ瞬間ドアが内側から開いた事に驚いた。
「ひぇっ」
「……あぁ、もしかして本日バイトの面接予定の?」
「あ、はい。八乙女……八乙女椿(やおとめつばき)です」
黒スーツの男と共に店内へと一歩入れば異質なドアとは全く違う重厚感のあるモダンな
内装が出迎える。
ジャズが流れ、ボーイたちがカウンターの中でグラスやカトラリーを研いているのが見
え、場違いな格好で来てしまったと思うが、目の前の男に従うしかない。
「さて、八乙女さん。奥で面接をいたしましょう」
男は穏やかな笑顔でカウンターの奥、右手にある一室へと案内し、八乙女を奥のソファーに座らせてグラスに注がれたアイスティをサーブした。
「改めまして、店を仕切らせて頂いている鹿野(しかの)と申します。緊張しているでしょうから、まずは一口どうぞ」
たしかに緊張して口が渇いている。アイスティーを一口飲んでホッと息をつく。茶葉の
香りが強く、味もしっかりしていて美味しい紅茶に驚き、思わず感想を伝える。
「美味しいです」
「それはよかった。履歴書などを拝見させていただきました。働こうと思ったのはなぜで
すか?」
「知人から、高収入なバイトがあると紹介されました。お恥ずかしい話、連帯保証人になってくれと言ってきた相手が逃げて、僕が借金を背負うことになったので、できるだけ高収入のバイトを探します。あと、アパートも追い出されてしまったので、社宅などがあるとありがたいです」
どうしてもと頼み込まれて請け負ったのが仇となった。借金取りのヤクザが仕事先にまで来るため仕事先を追い出され、アパートも同様にしていく先がなく、社宅がなければ最悪野宿だ。
「それは大変ですね。なるほど、健康診断などで引っ掛かった事はありますか?」
「いえ、ありません。健康なのは取り柄なので」
「それは結構。では、明日からでもこちらで働いていただきましょう。たしか、寮というかアパートですが空いていたはずよ」
朗らかに笑う鹿野にほっと胸を撫で下ろす。自分の今の全財産も、衣服も、全てキャリーケースのなかに入っている。
すぐにでも入居できるのはありがたい。
「えぇ、と。こちらが労働明細書です。時給と仕事内容、拘束時間、保険、休憩は基本的に一時間ですが、業務の内容や時間によって変動しますので慣れるまではその時々でお伝えしますね」
アパートの住所と、部屋番号と、鍵も一緒に手渡された。
思ったより近くらしいが築年数はそこまで古くなく、部屋も一人暮らしにはちょうど良さそうで、給料から天引きされる家賃も手頃だ。
これほどありがたい事はない。
「あ、ありがとうございます!明日からよろしくお願いします!」
八乙女椿は仕事が決まった喜びと、寝泊まりできる借家も一緒に見つかった喜びで浮き足だちながらアパートへと向かった。
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