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ピアノのこえ 4
発表会は、いつも夏休みに行われたので、お母さんは素敵な柄の布地を買い求めては、まるで古い映画に出て来るおしとやかなお嬢さまが着ているようなドレスをミシンで縫ってくれる。
今年は水色の生地に小さなひまわりがたくさん咲いているものを、ノースリーブにしたちょっと大人っぽいデザインだった。
今日も名一杯ピアノの先生を困惑させてしまった私は、次の発表会には出たくないとお母さんに言ってみようと心に決めて夕焼けの中を走っていた。
影が追いついて来るのが嫌で、一人で怒りながら、怒鳴って、喚いて、肩で息をしながら、鼻の孔を広げてぜいぜい言って、苦しんで帰った。
そうして、やっとのことで家について、庭を突っ切ると玄関の扉を思いっきり開ける。
そうしたら、機嫌の良いお母さんが夕ご飯を作っているはずのキッチンから駆けて来て、裸足のまま私の体を抱きしめた。
「見て!!うたこちゃん!すごいでしょう!」
抱き上げられて靴を脱がされると、居間にそのまま踊るように連れて行かれる。
真ん中には私の大好きな、お母さんの手作りのコロッケが山になって置かれているテーブルと、その周囲を囲む白いローソファ。
オープンスペースに写真立てやティーカップが飾られているテレビ台。
見慣れている風景の中で、観葉植物が飾ってあったスペースだけが黒く染まっていて、私の代わりに影が先に家に帰って来ていたのだと、胸がカッと熱くなった。
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