ふたつのくらげ。

2/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 それからわたしは、レインと誰もいないタイミングを見計らって窓際の会瀬を重ねた。今までは看護師さんくらいしか話し相手がいなくてそこそこ寂しかったけれど、こういう時は個室万歳だ。  彼女の姿は他の人には見えないようなので、誰かに見られようものなら、窓に向かって独り言を話すやばい奴に思われてしまう。 「あ、レイン!」 「……あなた、いつも窓の外を見てるの?」  今日も今日とて窓に張り付いていると、相変わらず水中のくらげのようにふわふわ揺蕩う彼女を見付け、盛大に手招きする。  呆れたようにしながらも近付いてきてくれるレインは、天使なだけありとても優しい。 「雨の日の外って、好きなんだぁ……まあ、出られないんだけどね!」 「ふうん……変わってるわね。私は、雨の日は嫌いよ。仕事があるもの」  レインはその名の通り、雨の日がお仕事の担当らしい。天気ごとに担当が変わるなんて、天使はやっぱり空と繋がりがあるようだ。  雨が降るとレインに会えるのだと知ってからは、前よりもさらに雨の日が楽しみになった。毎日雨乞いをするレベルだ。  病院という立地もあるからか、彼女はこの辺りに度々仕事に訪れるのだと言う。 「ねえねえ、レインはどんなお仕事をしてるの?」 「……死んだ人の魂を、迎える仕事」 「へえ……なら、わたしの魂も、レインがお迎えしてくれるのかな? えへへ、そしたらわたしも空飛べたりする!?」 「……あなたの魂、うるさそうだからちょっと……遠慮したい……」 「えっ!?」  ちょうど梅雨の時期、雨乞いの甲斐もあってか、わたしはレインと毎日のように会瀬を重ねた。  雨足は強くなるばかりなのに、初めて会った時には滲んだようにあまり見えなかった彼女の顔が、日に日にはっきりしてくるのが不思議で嬉しかった。  レインは白い肌に艶のある髪をした、とても美しい少女だった。もう少しで、彼女のことをちゃんと見ることが出来る。  雨の日の楽しみだったはずの傘越しの人々ではなく、遮るもののない彼女と顔を合わせられるのが、今は何より楽しみだった。  そして、そんなある日。あんまり毎日冷えた窓際に居るものだから、前回よりも更に体調を崩してしまい、看護師さんから完全に窓辺禁止令を出されてしまった。 「美雨ちゃん! もう本当におとなしくしててね、絶対よ!?」 「はぁい……」  高熱に風邪症状に持病の悪化のフルコンボ。窓際へ行こうにもベッドから起き上がることもままならないわたしは、間延びした返事をするしか出来ない。  さすがにしんどい状態にその日は大人しく寝ていると、不意に窓に打ち付ける雨音に混ざり、小さなノックのような音が聞こえた。 「んん……? あ、レイン? 寝ちゃってた……ごめん、ちょっと窓まで、歩けなくて……」 「……そう。具合、悪そうね」 「あはは……もう目は回るし頭もぐわんぐわんするしで……つらぁ」  窓がやけに遠く感じる。ぐるぐる回る視界に、せっかく見え始めていた彼女の顔は、あまりよく見えない。そのことが少し寂しくて、ぽつりと弱音が溢れた。 「……ねえ、わたし、雨の日に死にたい」 「……!」 「そうしたら、可愛い傘を差すんだぁ……レインと傘で、一緒に空を飛ぶの」 「……無理よ」 「え……?」 「……雨は、明日からしばらく降らないわ。だから、まだ死なないよう頑張りなさい」 「そっかぁ……なら、まだ頑張らないとね」  窓際で揺れる、レインの傘。水色のくらげは、相変わらず本物みたいに自由に揺れて、雨の中でも青空を飲み込んだみたいな綺麗な色をしている。  傘から伸びる白いスカートが翻り、彼女が居なくなったのを見送ってから、わたしは一息吐く。  頑張らなくては。しばらく降らないという雨音を子守唄に、わたしは再び眠りに落ちた。  そして翌朝目覚めると、ぐっすり寝たお陰か少し体調がよくなっていた。  けれど窓越しの空は彼女が言った通り確かに晴天で、久しぶりの晴れ間に、何だか少し残念な気がした。  だって晴れの日は、彼女に会えないのだ。 *******
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!