蟲毒の在処

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蟲毒の在処

 場所は客間に移る。 「さて。蟲毒は不安定で入れ物を探しており、人間であれこれ試してダメだったんで物に捜索対象を変えたんじゃないかって話だったな」  比良坂さんがあぐらをかきながら話し始めた。 「とはいえあのクラスが入っても壊れない物となると限られる。しかも千里眼ですら発見できないとなると、別次元というか別空間に通じてる、あるいは中に別空間があるアイテムだろう。そう思って探したんだが見つからなくてさ、そしたら全然違うところから気になる情報が入ったんだ」  比良坂さんは九郎を見て、 「九郎は知ってるよな。電脳空間の管理人みたいなのをやってる時定(ときさだ)社長」  誰それ。  九郎が解説してくれた。 「トレーディングカードゲーム『ワンダーランド』は知ってるだろ? 今じゃ携帯ゲーム機やアプリゲームまで手を広げてる、一番売れてる有名なやつ。カードデザインを毎月公募してて、自分のアイデアが実装されるかもっていうんで人気な。VRのさらに進んだ技術使って、実際に意識を電脳空間につなぎ、ほんとにゲーム世界に入れるシステム。……詳細は別作品参照」 「ああ、やったことはないけどさすがに知ってる」  最後ボソッとメタ発言があったような。 「その会社の初代社長だ。すでに故人」 「うん、確か若くして亡くなってたよね?」 「病死する時、ゲームで使ってる機械使って自分の意識を電脳空間上に移したそうだ。要するに魂だけ電脳空間上に存在してるわけ」 「え、そんなことできんの」  なにその科学。 「科学に魔術やらなんやら色々ミックスした感じだな」 「で、そんな存在ができるなんて誰も想定してなかった。だもんでちょうどいいと管理人に任命したんだよ。電脳空間は異空間なんで神も手出しできない、けどこれだけ現代社会と密接につながってる以上、何かあった時に協力してくれる人物がいれば助かるってわけだ。所属は警察のサイバー捜査部門になってる。現に彼の調査のおかげで逮捕につながった例がある」 「はー、なるほど」  なんでもありだな。  先祖がどえらいラインナップなもんで、「そういう存在もいるかー」と受け入れるのが早いあたし。  比良坂さんが引き取って、 「社長が言うには最近電脳空間内に自分以外の何者かがいるらしいと。住み家まではつきとめたんだが、入れないそうだ。電脳空間の管理人といってもどこでも行き来自由なわけじゃない。どこまでも広がる空間にはたくさんのデータが点在してるが、重要機密とかパスワードがかかってる情報やなんかは箱みたいなロックがかかったものの中に入ってるらしい。いわばテリトリー。色んな国や会社や個人が持ってて、そこに他者は入れないもんなんだとさ」 「ロックを外して侵入できないんですか」 「できるのもあるらしい。セキュリティ甘いやつは。これはあるオンラインゲームのテリトリーだとかで、社長は元々自社のゲームのシステム使って意識意向したもんだから他社のテリトリー侵入は無理らしい」  ゲーマーの九郎が反応した。 「ゲーム? タイトルは?」  比良坂さんは微妙な顔で読み上げた。 「『強奪バトル 欲しいものは奪え! 世界一はオレだ ~敵のアイテムもスキルも全部奪って最強一位になった件~ 欲しかったら強奪すればいい。奪ったものでチートキャラ作成』」 「ダッサ&問題あるタイトル」×一同  ハモった。 「よく発売できたわね? 倫理的にアウトくらうでしょうよ」  ゲーム会社持ってて詳しい綺子ちゃんがあきれかえって言う。 「その通り。一般のアプリ販売会社だと審査でアウトになったんで、個人で販売してるんだよ」 「個人じゃそんなに売れないでしょ」 「開発者が業界じゃ知られたプログラマーだとさ。君は知ってるんじゃないか?」  比良坂さんが名前を言うと、綺子ちゃんはロコツに顔をしかめた。 「トラブルメーカーとして有名な男じゃないの。うちの社じゃなくて別の会社の社員だけどウワサは知ってるわ」  そんな有名なの? 「ネットの口コミ自作自演したり、あとはダークウェブで積極的に宣伝したのが上手くはまったのか、最近プレーヤー数増やしてる。……九郎、たいていのゲームはアカウント持ってるよな。あるか?」 「タイミングがよかったな。ちょうど先週、悪質なプレーヤーが多くてトラブル多発してるから調査してほしいと警察の担当部署に頼まれて、いくつかアプリゲームに潜入したとこだ。そのうちの一つだよ。アカウント持ってる」 「そりゃいい。どんなもんか実際プレイしてみせたほうが早い、手伝ってくれ」  九郎が使ってる大型モニターにつないで起動。  現れたタイトル画面はいかにも低予算なチープな感じ。そこに色んな画風の美少女キャラが所せましと並んでるミスマッチ。 「ん? なんでこんな絵柄が統一感ない……。あれ? このキャラ、どっかで見たことある。某マンガの……こっちは某ゲームのに似てる」  うちの先祖の一人で少女漫画家が描いてる人気マンガのキャラに似てるぞ。  綺子ちゃんが低い声で、 「へえ、うちの会社のキャラに似たのもいるじゃないの。いい度胸ね」 「有名どころの美少女キャラに似せたのを集めたんだな。だから画風が全部バラバラ。まんまだとパクリになって訴えられるから少しずつ変えてるが」 「ほとんど同じじゃないの。これなら訴えられるわ。弁護士手配しましょう」  氷点下な空気まとってスマホ操作する綺子ちゃん。  誰だか知んないけど死んだな開発者。心の中でそっと合掌。  九尾の狐をガチで怒らせちゃいかんよー。 「俺もそう思う。よくこれで訴えられないと思ったよな。ともかくプレーヤーにしてみれば人気美少女キャラ総出演なのがうれしいらしい」  著作権おもっきし違反やん。 「内容は簡単に言うと一対一のバトルだ。特定のプレーヤーとの対戦も可能だし、いない場合はランダムで誰かと当たる。普通に装備をカスタマイズしたり、技を覚えさせて強化・レベルアップしてく」 「あーら。服も技もパクリじゃないの。さらに訴えられるポイントが増えたわ」 「あのキャラに着せてみたかったあのマンガの服を着させられて楽しいとか、あのキャラで別ゲームの技使えるっていうんで口コミ広がってる。これはヤラセじゃなくてな」  なんでこれで訴えられないと思ったんだマジで? 「アイテム入手方法はまずレベルアップでの自動取得や課金。ここまでは普通だが、もう一つが問題でさ。一戦やってみよう。俺が負けるようにしてみるから……」  九郎のほうが勝ったと表示が出た。続いて現れたのは、九郎のマイキャラが比良坂さんのマイキャラから「アイテムを強奪した!」という文字。 「え?」 「ほら。勝者は敗者の服や武器といった装備から技までできるんだ」  比良坂さんのほうのマイキャラが身ぐるみはがれた姿が出てくる。  綺子ちゃんの周囲の温度がさらに下がり、白い目になった。 「ケッ」 「うわちょ、これ問題ありまくりじゃん! そりゃ普通の販売サイトじゃ規定違反くらうわ」 「これがよくて買う男性が増えてるらしいが、どこがいいのやら。人ががんばって考え作り上げたキャラクターを盗むなんてなぁ」 「まったくだな。レディY先生の血と涙と汗をなんだと思ってる。毎週必死で原稿描いてるんだぞ。許せん」  レディYってのはうちの先祖で少女漫画家のペンネーム。ちなみに男性。  え? 今時、男性が少女漫画描いてたってなんてことないでしょ? 時代はジェンダーレスですよ。  九郎は時々アシスタントやってるんで、原稿との死闘はよく知ってる。なにしろ本体の人型+蛇の頭八つあるもんで、物理的に手&口が多くてすごい戦力になってる。  祀り神様は漫画家のスーパーアシスタントもやってます。副業がイミフ。 「強奪ってこういう意味だったのネ」 「ま、ほんとに全部失うわけじゃないだけどな。勝者は敗者の装備・技の中でもっともレベルの高いものを一つ奪うことができ、他はコピーというか、同じものが手に入る」 「あ、それならまだ」  ほんとに全部とられちゃうんじゃないんだ。  綺子ちゃんがスマホ操作しながら、 「よくないわよ。所持してる中で最も高レベルのものを一つ失うのよ。がんばってやっとこさ手に入れたものだったらどうなるか」 「……確かに」  泣くだろうなぁ。 「それとペナルティとして敗者は一定時間バトルできなくなる」  モニターに「ペナルティが課されます。24時間バトル不可」と出た。 「丸一日できないんじゃ、つまらなくてすぐユーザー離れちゃうわヨ」 「そこで復活時間短縮さ」  比良坂さんが操作すると選択肢が現れる。 「復活時間半減=コイン100枚。10分に短縮=コイン300枚。10秒後に復活=コイン500枚。ゲームコインは課金で入手できる」 「えげつない課金システム!」  モロだ。 「金払えば即復活ってなぁ……」 「しかもサービスでガチャができる。出てくるのは服とか技で、ここでしか出てこないレアものが存在する。おまけにガチャが回せるのはこの復活時間短縮の課金でのみなんだ」  はいい?  つまり、レアアイテムゲットするためには負けて課金しなきゃなんないってこと?  どういうシステムよ? 「どうせガチャで出てくるレアアイテムは何日まではこれ、次の日からはこれ、って変わるんでしょ。そうやって課金させる」 「あこぎな商売ねェ」 「もう一つ言おうか。奪ったアイテムや技を使ったほうがレベルが上がりやすい」  うえええ。 「それじゃみんな人から奪おうとするじゃないのヨ」 「そうやってどんどんバトルさせようってハラね。しかも一番狙われるのはガチャのレアアイテム所持者。入手できなかったプレーヤーが勝てばほしかったものが手に入るんだから」 「奪われた敗者は復活時間短縮ガチャでもう一回ゲットに賭けるか、再戦して奪い返すか。当然負け続けるプレーヤーもいる。いくら課金してもほしいものが出ないのもザラだ。ゲームの性質上プレーヤーのガラが悪いわ、モラルもないわ、課金で大変なことになってるのがいるわでこりゃヤバイと判断して報告しといた。そのうち警察の手が回ると思うぞ」  九郎がうんざりした顔でモニターを切った。   こりゃ問題視されるわぁ。  製作者もなんでこんなん作ったんだ。 「で、話を戻すとだ。このゲームのテリトリー内に蟲毒が住み着いてるようだ。社長から話を聞いて、俺が直接電脳空間入って探知アプリ使って調べてみたから確かだ」 「巧お姉ちゃんの探知アプリ有能すぎる。つーか、しれっと電脳空間に入ったって言いましたね比良坂さん?」 「まぁ一応、イザナキノミコトの力の一部持ってるからな。それくらいは」  本物のチートキャラがここにおるわ。 「どうやって入り込んだのカシラ? 時定社長みたく、電脳空間と意識をつなぐ機械を使って?」 「あれは社長の会社のゲームでしか使えない仕様だし、そもそも蟲毒は人間じゃないからな。ほら、呪いのビデオテープとかあるだろ? 妖や霊にとって電子機器は普通の物と同じで憑りつくことができる媒体だ。たぶん誰かのスマホあるいパソコンに憑りつき、それがネットとつながってたもんで、ちょうどいいとバレないように隠れたってとこじゃないか?」  スマホやパソコンに憑りつけるって、時代に対応してますなぁ。 「なるほど……それじゃいくら現実世界で探知アプリ使っても見つからなかったわけネ」 「普段は電脳空間上に隠れてて、食事の際には出て来てるんだろ。上手くタイミングが合えば見つかるだろうが」 「それだと効率が悪い。宿主はこのゲームアプリインストールしてるんだから、ダウンロードしてる人間をしらみつぶしにあたるほうが早いさ。なにしろ一般販売してるわけじゃなく個人販売だから購入者も限られる。美木課長、購入者のリストまでは入手してあるんだ。データ送る」 「仕事が早いワ~、士朗ちゃん」 「そこまでは社長がやってくれたんだ。相手のテリトリーに侵入するのは無理だけど、あれこれ手回して購入者リストは入手できたんだとさ」  チートキャラ二号がおる。何をどうやったらできるんだろうねー。 「あ、届いたワ。ありがと、すぐ調べてみるわネっ。悪いけどアタシはこれで!」  美木課長は風のごとく走り去った。  綺子ちゃんも立ち上がる。 「あたしは開発者のこと詳しく調べてみるわ。販売停止にするよう手も回してみる」  二人の警察官はそれぞれ仕事に向かった。 「美木課長と妖狐警察が動くなら、数日のうちに見つかるだろ」 「だな。ところで九郎。ゲームといえば最近発売したやつで協力プレイお願いしたいのがあるんだけどさー」  さりげなーくおねだりポーズな比良坂さん。 「御影さんとこの会社の新作ソフト」  綺子ちゃんとこのかい。 「ああ、あれか。俺も頼もうと思ってた。あのクエスト、ソロじゃキツイもんな」 「分かる。さっそく今晩徹夜で」 「士朗お兄ちゃん」  短く、そんでめっちゃ重い一言がズンときた。 「うっ」  汗かきまくってる比良坂さんはうめいて、ギギギと効果音がしそうな感じで振り向いた。  もちろんそこに仁王立ちしてるのは比良坂さんの義妹の桃ちゃん。  イザナミノミコトの力の一部を持つJS、さすが威圧感がパない。 「も、桃」 「士朗お兄ちゃん? ゲームばっかのダラダラ生活はダメって何度も言ったよね?」 「い、いやその」 「ゲームは一日一時間! 大人なんだからちゃんとしなさい!」 「はいぃ」  小学生に説教され、自主的正座で謝罪してる比良坂さん。威厳ないわー。  まぁ、強力すぎる神の力を持つからこそあえてぐーたら生活してるうつけ者キャラ装ってるっぽいけどね。人は強すぎる相手を恐怖の対象と判断すると、敵と認識しがちだ。余計なトラブルに巻き込まれぬよう、無害アピールしてるんだろう。  九郎が笑って、 「嫁に勝てぬはお前も同じか」 「桃は嫁じゃなくて妹だ」 「養子だから血はつながってないだろ。それに持ってる力の関係で」 「あー、はいはい」  比良坂さんは聞き飽きたというように手を振って、 「俺たちがこの力を持ったのは自分の意思じゃない。だからそんなの関係なしに桃には自由に生きてほしいんだよ」  日本の神様でも最強クラスの力を一部とはいえ持ってしまった桃ちゃんは、そこらの人間と結婚は無理だろう。保護の意味もあって同格の比良坂さんの嫁扱いされてるけど……。 「大体、桃はまだ小学生だぞ。俺をロリコンにする気か」 「実年齢は16だろ。昏睡状態の10年間、力の適合を優先した結果成長が止まってただけで」 「だとしても女子高生だっ。犯罪だろが!」 「そんなこと言ったら俺と東子はいくつ離れてると思ってる。そもそも神の感覚じゃ十年も千年も変わらん」  神の基準を人間にあてはめるなっつの。 「とにかく! 長々と中座してるのは新郎新婦に悪い。会場に戻ろう。行くぞ、桃」  比良坂さんは桃ちゃんをせきたてて戻っていった。  ふーむ。 「ねぇ九郎、真面目な話、あの二人ってどうなの?」 「比良坂士朗は過去が壮絶だからなぁ。特に比良坂桃に対しては贖罪の気持ちが強い。とはいえ本人には何の罪もなく、やらかしたのは一族の連中だが。基本的に優しい男なんだよ。だからこそ考えすぎてしまい、罪滅ぼしとして比良坂桃を何とか幸せにしてやりたいとそれでいっぱいいっぱいなのさ」 「複雑だねぇ……。確かに桃ちゃんが見た目の小学生として生活してる以上、犯罪にならないようにってのも大きいだろうしね」 「ま、なるようになるだろ。なんとなく、時間はかかるだろうがいずれきちんと決着はつくと思うぞ」 「そだね」  よその家庭のことだからこれ以上の口出しはすまい。 「あたしたちも式場に戻ろっか」  
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