8

9/24
前へ
/168ページ
次へ
結婚式前夜 今晩も女達が私の部屋の鍵を開けに来て、“可哀想なステル殿下”の話を長々と聞かされた。 それに何か言いたくなる気持ちはあったけれど、私の口からは何も出てこなかった。 何も何も出てくることはなかった。 この半月、ステル殿下とは何度か会った。 ミランダがその場を設けてくれたから。 それなのにステル殿下は私の顔もろくに見ることはなく、必要最低限の話しかせず、インソルドの話もせず、チチの話もドン爺の話もヨークの話もミーナの話もサラの話もしなかった。 私がインソルド出身だと言ったのに。 私が“ルル”だとは分からないだろうけど・・・ 私が“ルル”だとは分からないはずなのに・・・ “ルル”の話もしなかった。 “ルル”のことも聞いてくれなかった。 ソソは何も言ってくれなかった。 私が目を覚ましたとチチが報告書を出した時も。 私に“月のモノ”が来ていないとチチが報告書を出した時も。 ソソからは“何もない”とチチが言っていた。 私が聖女になり“迎えに来て”とエリーに伝えて貰った時も、ソソからは何もなかった。 迎えに来てくれないだけではなく、言伝ても何もなかった。 でも、エリーが伝えることが出来なかったのだと分かってもいた。 あんなに難しい言伝てをエリーは伝えられるはずがないから。 でも・・・ “ソソ、ルル、好き、大好き、愛している。” 私にソソの気持ちを伝えてくれたように、私の気持ちもソソに伝えてくれれば。 そんなことを考えていた。 そんな期待をしてしまっていた。 それなのにソソは迎えに来てくれることはなかった。 私に“月のモノ”が来ていないなら、私はソソと子作りが出来ない。 皇子であるソソは子どもを作ることも仕事。 ソソの16歳の誕生日の日、チチは私に“月のモノ”のことを聞いてきた。 そしてソソに報告書を出した。 だからソソが迎えに来てくれることはなかったのだと思う。 だからソソは“ルル”のことを忘れることにしたのだと思う。 強く強く強く、どこまでも強く生き抜く為に・・・。 最善を尽くす為に・・・。 “ルル”を忘れ、子作りが出来る他の女を好きになったのだと思う。 そんなことを考えながら、今日も城壁の最上部、月明かりの光りに照らされているソソが、大きな剣で素振りをしている姿を眺める。 インソルドを忘れ、“ルル”を忘れ、王宮の男となり生き抜いてきた“ソソ”の・・・“ステル殿下”の姿を眺める。 胸の真ん中に浮かび上がったヒヒンソウの花の刻印、まるで血のような赤い光りを指先で今日も触れながら。
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加