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結婚式
誓いのキスの為に私の顔に近付く皇太子殿下の目は怒りで満ち溢れていた。
鋭く光るその目を見ながら思わず小さく呟いてしまった・・・。
「ごめんなさい・・・。」
没落貴族、マフィオス家の長女である私、カルティーヌは、半年前の23歳の誕生日に聖女の刻印がこの身体に浮かび上がってしまった。
あの小さな村で一生を終えるはずだった私は貴族としての知識も教養も何もない。
あるのはこの胸の真ん中に浮かび上がってしまったヒヒンソウの花の刻印だけ。
それも従来の聖女のように美しい花ではなく、森や草原や道端、草木が生えないと言われる“死の森”にも咲いている小さな小さな赤い花。
ヒヒンソウの花の刻印が私の胸の真ん中にあるだけ。
肌荒れにも見える刻印。
よく見なければそれが刻印かどうかも分からないような刻印。
そんな刻印が私の身体に現れてしまったせいで、この皇太子殿下は私と結婚することになってしまった。
聖女が出現した時には王族がその聖女と結婚するのが通例であるから。
誓いのキスの途中で思わず“ごめんなさい”と呟いてしまったくらいに、怒りの感情がその目に浮かび上がってしまっている皇太子殿下。
私がこんなタイミングで謝ってしまったからか私の肩に置かれた両手に強く強く力が入った。
あまりにも痛いと感じてしまって“痛い”と言ってしまいそうになったけれど、その言葉は声にはならなかった。
私よりも5歳も年下の皇太子であるステル殿下によりこの口を塞がれたから。
少しだけ、ほんの少しだけ、塞がれたから。
10代後半で嫁ぐのが一般的なこの国、サンクリア王国。
ずっと嫁ぎ先が現れなかった23歳の私が人生で初めてしたキスは結婚式の誓いのキスだった。
少しだけ触れ合った唇よりも、強い力で握られた肩の痛みの方に全ての意識が持っていかれた。
あまりにも痛かったから・・・。
痛すぎて痛すぎて、閉じた目はしばらく開けなかった・・・。
“ステル殿下って好きな女がいるのよ?
知ってた?”
“可哀想な生い立ちなうえに好きな女とも結ばれないなんて。”
“貴女が現れなければステル殿下は好きな女と結婚出来たかもしれないのに。”
“いつも女性には素っ気ないステル殿下が、すがるような顔でその女性を見詰めながら口説いていました~!!”
“何も出来ない没落貴族の女、それもインソルド出身だなんて。”
“せめて美しい花ならまだ良かったのに、ヒヒンソウの花の刻印。
可哀想なステル殿下・・・。”
女達の言葉が何度も何度も頭の中を回っていく。
どんな場所でも強く強く強く、どこまでも強く生き抜かなければいけないのに・・・。
最善を尽くさなければいけないのに・・・。
なのに、今この瞬間に皇太子殿下となったステル殿下の目があまりにも怒りの感情で満ち溢れていて・・・。
その目を見て・・・
“ソソ”ではなくなった“ステル殿下”と、“ルル”ではなく“カルティーヌ”と呼ばれる私で、これからどんな人生を進んでいけばいいのか分からなくもなる。
どんな判断が最善なのか分からなくなる。
分からなくなりながらゆっくりと目を開けると、変わらず怒りで満ち溢れているステル殿下の目があった。
黒い目が一般的なこの世界で、珍しい水色の目をしているステル殿下。
その目を見てエリーの水色の目を思い出した。
そして、いつも現れては抱き締めてくれるエリーの温もりを。
“ソソ、ルル、好き、大好き、愛している。”
そう言い続けていてくれたエリーの言葉を。
今の“ステル殿下”ではなく、10歳の“ソソ”が持っていた気持ちを伝え続けていてくれた。
だから私はインソルドでソソと結婚式を挙げることが出来た。
記憶の中の10歳のソソと。
私に本気で求婚してくれた男と。
どんな場所でも咲く強い花、枯れることがないヒヒンソウの花を渡してくれた男と。
両手でこの胸の真ん中をおさえながら、怒りで満ち溢れているステル殿下の顔を見詰め続けた。
私も“ヒヒンソウ”。
どんな場所でも強く強く強く、どこまでも強く生き抜く。
そして最善を尽くす。
ゆっくり過ぎるくらいゆっくりと私の肩から両手を離したステル殿下。
私の左肩にはステル殿下の右手の手の平の血が滲んでいた。
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