濡れ鼠みたいに

1/9
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 水の弾く音がした。  その日の風は笑顔を運んでいるようだった。揺れる木々も、舞い上がる砂埃も、なびく僕の制服も。全てが嬉々として挨拶しあうかのように擦れ合い、風が中心となって和やかな雰囲気で満たされているようだった。どこからか鳥のさえずりさえも聞こえてきそうな、そんなうららかな日に、水の弾く音がした。  いつもならなんてことのない、ただの音に過ぎないはずのそれが、ひどく僕の耳に絡まってねじれた。脳内で透明性を伴ってはんすうしている。ぴちゃん、じょろじょろ、ぽん、ぽぽん。不規則に、不可解に流れ続けるその音は、振り返って、一人の女の子と目が合った瞬間に、止まった。  照りつける太陽光に反射して、必要以上にキラキラとしていた。まるでピンポイントで照明を当てているんじゃないかというくらいのキラキラが、消えた。  ――こん。  いや、ぽん、だったか。いつの間にか僕の後ろにいたその女の子は口をあんぐり開けて……べちょべちょだった。  こぼしている、めっちゃ、こぼしている。  同じ制服の、胸元が水浸しでお腹からスカートへ段々と狭まっている色濃い後。うっすらピンク色と肌色が見えている。  あっ、と何かを言おうとしたわげではなく。ただ反射的に言葉を腹から喉へ、喉から舌へと滑り出して音となって発せられようとしたその瞬間に、その女の子は右腕をぐんっと前に突き出して、駆け出してきた。 「共也(ともや)!」  突撃してきたその子の、その光る口元が一度閉じて、また開いた。 「私と濡れ鼠になろうよ!」 「……へ?」  使い切った紙やすりのような滑らかな空気が口から抜け出た。同時に吹いた風が女の子――、幼なじみである日景(ひかげ)の短い髪を後ろに引っ張って、その泣きそうに見えた彼女の瞳に吸い込まれそうだった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!