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「ち、ちょっとお待ちなさい、あなた父に雇われているんでしょう? わたくしの相手をするのも仕事の一つだわ。」
慌てて呼び止めた櫻子に対し光は一度目を向けたものの困惑したように目を逸らし、再び櫻子に視線を戻し応えた。
「そのお父上さまよりこの本を今日中に読んでおくように言われています。こちらの方が優先順位が高いので。
それに私といるのを見られるのは都合が悪くありませんか。
あなたには婚約されている方がいらっしゃると聞いていますが。」
「それは……。」
櫻子が戸惑っていると光は冷たい声で言い放った。
「失礼します。」
光はさっさと踵を返し洋館の方へ行ってしまった。櫻子はその後ろ姿を呆然と見送りながら、初めてこのような扱いを受けたことに対する衝撃を受けていた。
なんなの、あの方。あんな言い方しなくてもいいじゃない。
最初に来たのは憤り。それとほぼ同時に間近で言葉を交わしたことに対する不思議な浮揚感。
冷たくあしらわれた悔しさと高慢な態度に出た自分への後悔がないまぜになり、あずまやの光が座っていた椅子に腰掛けてしばらく動けなくなった。
そのうち、光の猫を思わせる綺麗な形の目と闇夜を思わせるような黒く澄んだ瞳と、思ったよりも低い声が思い出され、だんだんと自分の鼓動が早くなって顔が熱くなるのを感じた。
あんなに美しい方、初めて見たわ。
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