夜会

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夜会

 その日の夜、洋館のガラスの格子戸の外は漆黒の闇に包まれていた。  耳が痛くなるほどの静寂の中、光が大きな机に向かい伯爵から出されたフランス語の課題をこなしている時、ふと小径から現れた櫻子のことを思い出していた。  庭の緑の植え込みの間から現れた、紅藤の地に小菊が散りばめられた小振袖を着た、花のような人。大きな瞳でこちらを見据えていた。  振り払うようにぐっとペンを持つ手に力を込めると、水澤伯爵と伯爵の秘書の高梨が訪れた。   「やあ、頑張っているね。」 「伯爵さま……!」  急いで立ちあがろうとしたところ、伯爵は手で制し、向かいにあるソファに深く腰掛けた。 「お前の優秀さは高梨から報告を受けている。今日は頼みたい仕事を持ってきた。初仕事だ。」  伯爵は横に立っている高梨に視線を向けた。 「こちらです。」    高梨が光に一枚の紙を渡した。 「来週の金曜日、外務大臣主催の夜会があり、それに出席していただきます。そこに三倉大蔵大臣の姪で遥子さまという方がいらっしゃるので近づいていただきたます。  そこに書いてあるのが遥子さまの略歴です。」  光は紙に視線を落とす。  三倉遥子 十九才……。  華族女学校を卒業し、三倉大蔵大臣の弟であり遥子の父である三倉敬三の会社で手紙の清書などをしているという。   「仕事上、お前の年齢は十八としておく。問題ではないだろう?」  伯爵がくすっと笑った。 「近づいてどうすれば?」 「話を聞けばいい。なんでも。  ……そうだな、会社の愚痴でもなんでも。」 「わかりました。」 「光さん、聞いたことは小さなことでもなんでも報告してください。」 「はい。」 「ああ、その夜会には私も出ることになっているから同行してもらう形になる。  お前も初めての仕事だからその方がいいだろう。」
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