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苦しい。いろんな令嬢と踊り微笑み話す光を見るのが。
「櫻子? やっぱり顔色が悪いよ。大丈夫か?」
「え、ええ。……そうですわね、たくさんの人で少し酔ってしまったみたい。」
「そうか、ではもうお暇しようか。最後にもう一度外務大臣に挨拶をしよう。」
「ありがとうございます、涼雅さま。」
櫻子は光に背を向けるようにしていたために気づいていなかった。
光の方も涼雅と片時も離れない櫻子を時折見ていたのを。
櫻子と涼雅が会場を去った後も夜会は続き、光はその中で役割を果たすべく輝きを放った。
***
櫻子は屋敷に戻り自室に入ると、糸がぷつんと切れたように涙がぼろぼろと溢れてきた。胸の苦しさを誤魔化すために桜色のドレスの胸元をぎゅっと握ったが、この感情がなんなのかわからなかった。
ただただ嫌だったのだ。耐えられなかった。光のあの綺麗な瞳が自分以外の女性に向けられるのが。
そして多分今も、光はたくさんの女性たちの相手をしているのだろう。
そこへ着替えの手伝いに侍女の梅が入ってきた。櫻子はノックの音にも気づかなかったらしい。
「わあ、お嬢さま! どうなさいました?」
「……なんでもないわ。梅、お風呂の準備をしてちょうだい。」
「は、はいっ、わかりました!」
バタバタと出ていく梅の後ろ姿を見送り、ため息をついた。
父はどうしてあの夜会に光を連れてきたのか。そして何を囁いていたのか。
***
その日の深夜、伯爵の書斎では、秘書の高梨が書類を伯爵に渡しながら話していた。
「予想以上でしたね。あれほどの大規模な夜会だと埋没するかと思いましたが堂々としたものでしたし、社交界の話題を一気にさらってしまうのも時間の問題でしょう。」
「ああ、満足の出来だったな。最初の頃とは見違えるようだ。これで仕事もやりやすくなる。
外務大臣みずから声をかけてきたのは予想外だった。しかも娘に頼まれてな。」
伯爵はおかしそうにくすくす笑った。
「これからも積極的に社交界に出入りさせ顔を売っておけ。私が行けないものにはお前が付いて監視することも忘れるなよ。」
「かしこまりました。」
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