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夜会の翌日、櫻子は本邸のサロンで母の透子とお茶を飲んでいた。
櫻子はティーカップを口に近づけながらちらりと母を見た。
「お母さまは知っていたの?」
「なにかしら?」
おっとりと透子が応える。
「あの……離れの。」
「離れ? ああ、洋館の光のこと?」
思いがけずあっさりと答えた母に少し驚いた。
「うちに来た三日後だったかしら、挨拶に来たわよ。今まで知らなかったの?」
「噂しか……。」
「ああ、そういえばあの日あなた留守だったわね。お花の展示会だったかしら?」
「わたくしを仲間はずれにしていたのね。」
透子はクッキーを手に取りながらふふっと笑った。
「年頃の男女を会わせるわけがないでしょう。」
透子はにこやかに微笑み、続けた。
「とても綺麗な子ね、控えめで汚れがないというか。お兄さまたちも毒気を抜かれていたわよ。」
「あのお兄さまたちが?」
水澤家の長男「陽彦」と次男「貴彦」は華族の子息らしく簡単に人を信用することない。櫻子にとってはとっつきにくい存在だ。
といっても食事を一緒にするぐらいであまり交流はない。それぞれ別に仕える者がおり、通う学校も別で兄たちには専任の秘書兼教育係がいる。
大きくなってからは住む世界が違ってきているのだ。
そう、わたくし以外の家族は会っているのね。
「櫻子も昨夜の夜会で一緒になったのではないの?」
透子に声をかけられてハッとした。
「ちらりとお見かけをしましたけれど色々とお忙しそうだったわ。わたくしは涼雅さまと一緒だったし。」
「それもそうね。」
と母は優雅に紅茶を口にした。
『光はなぜ昨夜の夜会に来ていたの?』とは聞けなかった。
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