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櫻子はもやもやとした気持ちで庭を散策していた。無意識に光の住む離れと初めて声を交わしたあずまやに足を向けてしまう。
もう一度わたくしを見てほしい、そしてあの夜会でほかの令嬢に向けていたようにわたくしにも笑いかけてほしい。
こんな気持ちになるのは初めてだった。
すると離れのガラスの格子窓の扉が開き、光がテラスに出てきた。櫻子は胸がぐっと苦しくなる気がしたが、その場から動けず光をじっと見つめた。
光は櫻子に気づいていない様子で漆黒の髪の毛をかきあげながらほうっと深いため息をついた。
疲れているみたい。
櫻子がぼんやり見ていると、光はふと何かに気づいたように視線を上げ櫻子の方を見た。目が合った瞬間またぱちんと星が目の前で弾けたような思いがして、思わず後ずさった。
前とは違い今日は光の方から声をかけられた。
「どうしてここにいるんです?」
眉を顰めて言う姿に拒絶されたような気がして、今度は背筋がすうっと冷たくなった。しかし伯爵家の娘としての矜持が逃げることを許さなかった。
「ずいぶんお疲れのようね。先日の夜会ではお忙しそうだったけど?」
「……お答えする必要はないですね。」
櫻子はぐっと唇を噛んだ。
「早くお戻りになられた方がいい。そして、ここにはもう近づかない方がいいですよ。」
光は頭を下げ、扉の中に入っていった。目の前でかしゃりと扉が閉まり音を立ててカーテンが閉められて姿が見えなくなった。
呆然と立ちすくむ櫻子の頬に、一筋の涙が流れた。
同じ時、部屋の中の閉まったカーテンの前には目を閉じ手をぐっと握った光が立っていた。
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