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 吉原遊廓。  夕闇が迫る頃、ぽつぽつと提灯と灯籠に明かりが灯され、大門からまっすぐ伸びる大通りの真ん中に植えられた満開の桜を照らす。  灯りは辺りを朱に照らし出し、どこからともなく現れた人々を夢の世界へと誘う。  江戸から明治へと時代が移り変わる頃、新吉原と呼ばれた(くるわ)はだんだんと衰退してはいたが、資産家や政治家の社交の場として存続していた。  溝で囲まれた廓へ続く、たった一つの出入り口である大門をくぐり、中の町と呼ばれる大通りから少し入った江戸町一丁目に二松屋(ふたまつや)という見世(みせ)がある。人気のある花魁を抱え、吉原でも人気のある遊女屋である。    その二松屋に一人の男児が生まれた。  若い遊女であった母親は、男児を産み落とすと同時に命を落とした。    母親である遊女は美しかった。いずれ花魁になる振袖新造(ふりそでしんぞう)であったが、客と恋仲になって子供を身籠った。  そして妊娠を隠したため堕胎させることができなかった上、命を落としてしまったことに見世の遊廓主とおかみは最初は憤っていた。遊女は見世の財産であり商品であるから無理もないことだった。  通常、産まれたのが男児であれば、役に立たぬと里子に出されるのだが、その男児は母に似た美しさでその運命を変えた。  透き通るような白い肌に艶のある黒い瞳と髪の毛の、光りを纏ったような赤ん坊に魅了されたのは遊郭主の妻だった。死んだ母親から離され、最初は仕方なく面倒を見ていたが情が移ってしまったのだ。今までも何度か同じようなことがあったのに、ここまで離れがたくなったのは初めてだった。    そこで主にお願いし、子供に恵まれなかった自分たちの養子として育てることにした。    幼子は光りを放つような美しさから源氏物語の「光る君」になぞらえて「(ひかる)」名付けられた。
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