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涼雅と共に出た夜会の数日後、母とお茶を飲みながら刺繍をしていると、ふと話しかけられた。
「最近、元気がないわね。」
「……いつも通りですわ。」
「そう? ぼんやりして刺繍も進んでないわよ。」
そこへ頬を赤らめた侍女が焦ったように部屋にやってきて透子に声をかけた。
「奥さま、旦那さまのお使いの方がお目通り願いたいと。」
「あら、誰かしら?」
「あの、離れの……。」
櫻子の肩がぴくりと揺れた。
光?
胸の奥が一瞬握られたような感覚がしたが、同時に恐怖が襲ってきた。その様子に気がつかない透子が普段通りの声を出した。
「通してちょうだい。」
光が目の前に現れ、小さく会釈をして顔を上げた。光の綺麗な目を見て櫻子は泣きたいような気分になる。しかし光は櫻子に目もくれず、透子の前の机にすっと手紙を置いた。
「旦那さまから伝言を預かっております。」
透子はそれを取り、読んでからまあまあと微笑んだ。
「お父さまったら忘れ物ですってよ。これは寝室の金庫にあるものなので持ってくるわね。少し待っていてくださる?」
透子が部屋から出て行き、櫻子と光は二人きりになった。
光には近づくなと光本人と父に言われている。そして、光が櫻子に近づくと光が涼雅に排除される。どうしたらいいのかと思いながらちらっと光と見る。
やはり美しい。
目を伏せて佇んでいる姿はこの世のものとは思えない清らかさがある。
「あのっ……。」
思わず声を出すと光が視線を上げてこちらを見た。心臓がどくっとして苦しくなり、しかしカフェの件や涼雅を思い出して恐怖に襲われ、怯えたように光を見た。
対して光はあのカフェの出来事を忘れたかのように少し怪訝な表情をしたが、何も言わなかった。
沈黙の流れる空気に耐えきれず、櫻子は恐る恐る口を開いた。
「あの……この後はどちらへ……?」
「旦那さまにお忘れの品を届けに参ります。」
「そう……、そうね。」
そして透子が大切そうに小さな繻子が貼られた小さな箱を持ってきた。
受け取った光は「失礼いたします。」と言って去っていった。
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