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櫻子が部屋で一人光の姿を思い出しながら膝の上に本を乗せぼんやり庭を見ていると、ドアがノックされた後、侍女が一礼して入ってきた。
「お嬢さま、鷹塔涼雅さまがお越しになりました。」
「どうぞ」も言わないうちに侍女の梅と共に涼雅が櫻子の応接室に入ってきた。
「やあ櫻子、ご機嫌はいかがかな?」
「涼雅さま……。」
「そんな顔をしなくてもいいだろう。今日は君と一緒に出かけようと思って来たんだよ。伯爵も了承済みだ。」
「出かける? どちらへ?」
「まあそれはお楽しみだ。
梅、櫻子の用意を。僕は応接室で待っているよ。」
嫌な予感を持ちつつ準備をし、華やかな振袖を着た櫻子は涼雅と共に馬車に乗り込んだ。
「今から行くのは笹岡邸だ。」
「笹岡さまの……?」
笹岡伯爵は涼雅の親戚筋にあたり、父の事業の取引先でもある。そこへ赴くのはなにも不思議なことはないが、なぜ先ほどは言ってくれなかったのか。
「笹岡の息子が留学から帰ってきてね、今日はその慰労会みたいなものだ。
身内だけでするんだが、君を僕の婚約者として紹介したいと思ってね。
君は笹岡久史とは会ったことがないだろう?」
婚約者。
涼雅は俯いている櫻子を上から見下ろすように視線を投げかけた。
「着いたら晴れやかな顔をしてくれないかな。わかっているね? 櫻子。」
「はい。」
笹岡邸に着いて、涼雅に手を取られて馬車を降りる。
やはり光の手を感じた時とは違う。怖さからか緊張するが、兄に手を取られたような感触しかしない。
しかし櫻子は背筋を伸ばし、なるだけ晴れやかな表情を貼り付けて笹岡邸の大きな正面玄関をくぐった。
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