手紙

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手紙

 櫻子は焦っていた。  涼雅が『光を排除せよ』と進言すれば父も受け入れざるを得ないかもしれない。鷹塔侯爵もいい顔をしないだろう。  そうすれば光と会えなくなってしまう。  いや、そもそも光の方から会ってくれないだろう。そんなのは嫌だ。  多分、光の方は櫻子のことなどなんとも想っていない。そのことに心が抉られるように痛む。  でも櫻子は光との接点を持ちたい。光がこの敷地内にいる間に細くてもいいからつながりを持ちたい。    手紙はどうだろうか。捨てられるかも、破られるかもしれない。当然、返事も貰えないだろう。  それに他の誰かに見つかれば大変なことになる。    やはり手紙はだめだ。それなら……。    確か本邸の侍女たちは午後になってから離れの手入れに行くと耳に挟んだ。だから誰も起きていない朝早くに持っていけば誰にも見られないかも。  そう思い、ハンカチと裁縫道具を取り出し、光の名前の頭文字と桜の花を刺繍した。   その翌朝、侍女たちがようやく起き出して朝の準備を始める頃、部屋をそっと抜け出して離れへ向かった。悩んだ末にあずまやにある、いつも光が座っている椅子の手すりに結びつけた。ここならば侍女たちも近づかないだろう。  そしてお祈りをするように手を合わせ、その場を離れた。  毎日あの椅子に座るわけでもないだろう。多くは望んでいない。しかしほんの少しの勇気を出しただけでも櫻子は高揚した。  翌日見に行くと、まだハンカチはそこにあった。残念に思いながらも新しく刺繍したハンカチをもう一枚結んだ。  二日後もまだハンカチはそのままあった。次は楕円形に編んだレースのドイリーを結んだ。  そしてさらに三日後に行くと、ハンカチとドイリーはなくなっていた。
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