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光が見世先に出るようになって一か月ほど経った頃のことだった。
「見たことのない顔だねえ。」
仕立ての良い洋装を身にまとった、いかにも上流階級の紳士は、帽子を取りながらにこやかに話しかけた。
「これはまた美しい子だ。」
客に声をかけられるのは初めてのことで光は少し動揺したが、遊廓主が慌てたように答えたので、なにも言わず頭を下げた。
「水澤伯爵さま、この子は遠い親戚の子で……。私には後継がいないもので養子にしました。」
「ほう、では身請けはできないのかね?」
「伯爵さまには美扇が……。この子はまだ年端も行かない上に男で、うちはそういう商売は行っておりませんし。」
戸惑いがちに話す楼閣主に伯爵はははっと笑った。
「そうだな、では身請けではなく、そう、宝石を買うように譲ってはもらえないか?」
「大切な後継ですのでご勘弁ください。」
遊廓主は平身低頭した。光もそれに倣い頭を低く下げた。
「わかったわかった、では名前を教えてもらおう。」
光ではなく遊廓主が答えた。
「光と申します。」
「光、か。顔をもう一度見せてくれ。」
光はゆっくりと顔を上げ、伯爵を見た。
歳の頃は四十すぎぐらいだろうか。切長の目の冷たい輝きをたたえた強い視線で見ている。そして上品に微笑みながら言った。
「まあ仕事に精進しなさい。」
光は再び頭を下げた。
***
玄関から入って奥の大きな階段を登り、緋毛氈の廊下を歩いて目当ての部屋に入る。
部屋の奥には花魁が脇息にもたれかかり座っていた。その両脇には大きな花器に見事な生け花。その花にも負けない美しさを持つ、この見世だけではなく吉原でも随一の人気を誇る花魁の美扇である。
「おいでなんし、水澤伯爵。」
伯爵は禿に通された部屋に入ると、すぐに人払いをして美扇の向かいに座り、盃を手に取った。美扇が目を細めあでやかな微笑みで伯爵にお酌をする。
紙燭の炎に照らされた花魁は夢の中の住人のように美しい。赤紅の地に白牡丹の紋様、金糸の刺繍が施された打掛が広がり艶かしい。
「先ほど、あなたに負けないほどの美しい者を見たよ。」
「それは光という宝石のことでありんしょう? 最近は見世先で挨拶をしておりんす。話題にされる方もありんすよ。例えば東浦大蔵副大臣とか三石製鉄社長とか。」
水澤は盃を傾けながら片方の眉を上げた。
「それは興味深いね。他に話題になることはあったのだろうか?」
美扇は脇息にもたれかかりながらふふっと笑った。
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