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翌朝、手紙をあずまやの椅子に置いて桜の花を模したペーパーウェイトを上に乗せた。そしていつものように両手を合わせた。
翌朝も手紙を届けると、返事はないけれど前日の手紙はなく、ペーパーウェイトは椅子のすみっこの目立たない所に置いてあった。
受け取ってもらえているかもしれないと思うだけで胸が弾んだ。
たまに手紙と一緒に刺繍をしたハンカチも結んだ。
いつも教養の一環で葉室にうるさく言われながらする刺繍も、面倒に思っていたことが誰かのためにすることが楽しいものだと初めて知った。
涼雅はまだ父になにも言っていないのか、光が離れから出て行ったとは聞かない。
相変わらず返事はないけれど、手紙もハンカチも毎日消えていた。
***
自室の机に向かい、明日はどんな内容にしようかと考えていたところ、珍しく両親から呼び出された。
伯爵家のサロンと呼ばれる応接室に入った櫻子に両親は椅子に座るように勧め、にこやかに言った。
「櫻子と涼雅くんの結婚式が来年の4月に決まったよ。櫻子の誕生日だ。ちょうど大安吉日でね。その前に正式に結納をして婚約パーティーを開くから覚えておくように。」
櫻子は衝撃のあまり後半はよく聞こえないでいた。
女学校を卒業したら涼雅と結婚することは、わかっていたことではあったが、すっかり頭から消えていた。
目を見張り声を出せずにいると、それを喜びだと誤解した母の透子が嬉しそうに話を継いだ。
「先日お父さまが忘れ物をしたでしょう? 私が昔、お父さまにいただいた指輪なのよ。
それを櫻子に譲りたいと言ったら涼雅さんが直してくださるんですって。今は結婚指輪と言って夫婦でつける指輪もあるそうね。うふふ、私も嬉しいわ。」
大切な指輪をよりにもよって光が届けたのか。櫻子の中の芯のようなものが崩れ落ちる気がした。
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