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「ふむ、確かに顔色は悪いね。」
手首の痛さに顔を歪めながら涼雅を見る。涼雅の言葉は優しいが冷たさを含んでいる。その目もぞっとするほど冷たかった。
涼雅はさらに手に力を入れ、櫻子に顔を近づけた。
「結婚が決まったんだよ。嬉しくない? もしかしてまだ離れの男に懸想しているのかな? あのゴミに?」
表情を変えた櫻子の変化を涼雅は見逃さなかった。
「僕は子供の頃から決められた君の相手だよ。そんなことが許されるとでも思っているのか?」
恐怖と怒りとで大声を出そうとした瞬間、葉室の声が響いた。
「涼雅さま、何をなさっているのです! まだ正式な結納前です。節度をお持ちくださいませ!」
涼雅はふっと笑いながら櫻子から手を離した。
「忠実な乳母だねえ。まあいい。」
涼雅は櫻子から少し体を離し、まっすぐ向き合った。
「櫻子、前にも言った話をよく考えて。無事に結婚式が行われれば何も心配することはないんだからね。」
そして耳元で囁いた。
「君のお父上が君と光の仲を案じて僕との結婚を急いだんだよ。だから温情で光をこの屋敷に留めることを認めたんだ。
君が変な気を起こしたら彼もただじゃ済まない。
……君に逃げ場はないよ。」
そして櫻子から体を放した。
「ちゃんと休んだ方がいい。葉室も無理をさせないように。では。」
くすっと笑って涼雅は帰っていった。
その日、櫻子は光に手紙を書くことはできなかった。
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