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夕方の穏やかな時間の中、外からの風が洋館のカーテンを揺らす。
光は部屋の中でランプを灯し、紙を折っていた。
折るごとに花の形が出来上がっていく。
この折り紙を教えてくれたのは一人の遊女だった。
***
『この花の折り紙はね、特別なの。』
彼女は一人の客のために折っていた。その特別な客のお膳に添えるために心を込めて折っていた。
彼女はその折り紙を折っている時は嬉しそうに頬を染めて微笑んでいた。
そして、すずなも光に花の折り紙を渡してくれた。
『平安時代、文を花に結んで送っていたの。その花にも意味があるのよ。』
***
その時、光は自分の頬に涙が流れているのに気がついた。
ああ、そうか。
光は髪をくしゃっとかきあげながら椅子の背もたれに深くもたれ、両目を閉じ、はあっと息をついた。
涙がとめどなく流れた。
あの時、涙は出なかった。
この世の地獄かと思われる黒い世界の中でうずくまっていた時、泣きはしなかった。
けれど今、こうやって煌びやかだった吉原を思い出し、過去のものとして思い出すと再び世界に色がつき始めた。
花魁や新造は確かに美しい人が多かった。持って生まれたものもあるが、生きるために闘い磨き上げた美しさだった。
だが、櫻子を初めて見た時の衝撃は忘れられない。手に持ったランプに照らされた妖精のようにふわりと美しい人。そして、自分はあの人を想って花を折っている。
この先はどうしようもないこともわかっている。
キャビネットに近づき、鍵のついた引き出しに触れる。
ここには櫻子が届けた手紙が入っている。
置いておくわけにもいかないだろう。誰かに見られては……。
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