手紙

10/13
前へ
/110ページ
次へ
 次の水曜、光があずまやにいると櫻子にそっと声をかけられた。 「今日はいたのね。」  立ち上がった光に向けて花がほころぶような笑顔を向けた櫻子を光は直視できず、目を逸らした。  櫻子はそんなことは気にせず椅子に座り、光も腰をかけた。  櫻子が女学校のことや侍女の梅の失敗談などをくすくす笑いながら話すと、光は黙って聞いていた。  櫻子は、なんとなく貴婦人や令嬢が光に話を聞いてもらいたがるのがわかる気がする。  余計なことは何も言わず表情もそれほど変えず、ただ静かにこちらを見ながら話を聞いてくれる。  綺麗な黒い瞳でまっすぐ見られると、光に喜んでもらいたくて次々と話題を提供したくなる。  光の思惑はどうであれ、そばにいると心が軽くなるような気がする。  けれど、一番肝心なことが言えない。言ってはいけない。  この、世界から隔絶されたような空間で二人だけでいることがただ奇跡のようで時間の流れが違うような気がした。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加