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櫻子は伸びやかに美しく育った。
母親譲りの薄い色素で気持ちの強さを表す大きな瞳。日に当たると茶色に輝く髪の毛は、なにもしなくてもゆるく波打って華やかな顔立ちをさらに飾り、西洋のビスクドールのようだと例えられた。
それでいて華やかな柄の着物もよく似合い、屋敷に来る客に幼いながら淑女らしく挨拶をすると、誰もが心を奪われ賞賛した。
六歳になると華族女学校に通い始めた。華族にだけ許された紫色の袴を身につけた姿は愛らしく、華族の令嬢ばかりが通う女学校の中でもひときわ輝いていた。
それまで屋敷内の使用人たちに囲まれていたが、女学校でほかの華族令嬢と接するようになり、少しずつ人との付き合い方を学んでいった。
水澤家の威光と櫻子本人の輝きでなんの苦労もなく学校生活は過ぎていく。
家庭においては、さまざまな習い事で大変ではあったけれども、兄たちも似たようなものなので疑問を抱かず受け入れていた。
なんの苦労も知らない、そこに春の風が吹くような笑顔を持つ成長ぶりに伯爵も目を細めた。
***
十二歳となった正月、水澤伯爵邸で小さなお茶会が催された。
櫻子と婚約者である鷹塔侯爵の長男、涼雅との顔合わせであった。
「お嬢さま、お綺麗ですぅ。」
今年から櫻子付きの侍女として入った梅が朱鷺色の振袖を着た櫻子をうっとりとして見る。
「梅、不躾ですよ。申し訳ありません、櫻子さま。」
先輩の侍女に叱られてしゅんとしている梅を見て、櫻子はくすくす笑った。
「いいのよ、褒めてくれてありがとう。さあ、そろそろ時間ね。」
真っ赤になる梅を従えてサロンへ向かった。
***
「櫻子、涼雅くんは未来の旦那さまだよ。」
父から目の前にいる、櫻子より少し背が高く穏やかな笑顔を湛えた少年を紹介された。あまりピンとはこなかったが退屈なお茶会の中、同じ年頃の二人は自然と話をして打ち解けた。
涼雅は二才年上で櫻子の次兄の学友でもあり、華族の子息らしく洗練されて見た目も優れており、櫻子を優しくエスコートした。
両家の父母もその様子を微笑ましく見つめ、安堵した。
「侯爵、あちらへ。」
伯爵が鷹塔侯爵を席へ案内するのを合図として水澤伯爵夫人が鷹塔侯爵夫人に声をかけた。
「殿方たちは難しい話をされるようですわね、わたくしたちはこちらで楽しみましょう。」
夫人たちは、お茶会が催されている部屋から庭へ出てテラスに用意されたソファに座り、おしゃべりを楽しみながら庭で花や蝶を見ている櫻子と涼雅を眺めていた。
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